一目惚れした隣の席の不良少女にずっと話しかけていたら、懐かれて毎日家で遊ぶ関係になった

木の芽

一目惚れした隣の席の不良少女にずっと話しかけていたら、懐かれて毎日家で遊ぶ関係になった


 俺が通う公立大隣おおどなり高校には【金色の獅子】と恐れられる不良女子がいる。


 名を小野町美冬おのまちみふゆ


 俺──黒市勇気の隣の机の主は腰まで伸びた金色の髪をなびかせると、こちらににらみを利かせた。


「おい、ついてこい」


 低く、鋭い声。有無を言わせぬ迫力がある。


 俺は文句を言わずに教室を出る彼女の後に続く。チラリと教室内を振り返ると、みんなが目を逸らして中には「南無……」と手を合わせて念仏まで唱えている奴もいた。


 廊下に出ても影響力は健在で、百獣の王が如く。人波が二つに割れて、勝手に道が開かれる。


「……ふん」


 気に入らないとばかりに鼻を鳴らすと彼女はその道を歩いていく。


 隣に並ぶ俺は友ではなく、哀れな餌のように見えているかもしれない。


 そのまま校門を出て、近くのアーケード街を通り過ぎても、歩いて歩いて──我が家に着いた。


 周囲に誰の目もないことを確認してドアを開けて、美冬・・を中に入れる。


 すると、彼女は先ほどまでの威厳など微塵も感じさせないほどプルプルと震え、玄関に手をついた。


「あぁぁぁぁ!! 勇気さん、またやってしまいましたぁぁぁ!!」


 涙目でこちらに抱き着いてくる美冬。


 もはや日常となったやりとりに肩をすくめながら、俺は彼女の頭を撫でながら慰めるのであった。




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 小野町美冬との出会いは運命的でもない普遍的なもの。


 大隣高校に転校してきた俺の席の隣が彼女で、俺はとある事情から恋人を作って楽しい青春を送りたかった。


 美冬は不良と恐れられているが、それはもう美少女である。


 切れ長の二重瞼。太陽の光がキラキラと煌めく金色の髪。男に負けない頭身の高さ。


 美しいのは間違いないのだが、それらの要素に加え、触れるものは全て斬ると言わんばかりの雰囲気が【金色の獅子】と呼ばれる所以ゆえんだろう。


 俺は下心満載で話しかけた。話しかけて、話しかけて、話しかけまくって──全て無視された。


 だが、邪険に扱われたわけじゃないし、嫌だと言われたわけでもない。


 なので、俺が折れる理由はゼロ……! 


 そんな日々が続き、俺もクラスメイトから命知らずのヤベー奴だと認識され始めた頃。


 授業でわからない点があったので職員室に立ち寄り、帰ろうとして忘れ物に気づいた俺は放課後の教室へと戻ってきた。


 すると、なぜか小野町が俺の机で眠っていたのだ。


 気持ちよさそうに、涎を垂らしながら。


「っ……!!」


 すぐさまカメラを起動し、パシャリと一枚。


 盗撮? バレなきゃ犯罪じゃないんですよ……。


「さて、どうする……ん?」


 モゾモゾと小野町が身をよじる。


「ふわぁ……よく寝た……!?」


 ゆったりと起き上がり、寝ぼけ眼を擦った彼女とバッチリ目があった。


 パチパチと長いまつ毛を瞬かせる小野町。


 ……とりあえず笑顔でも浮かべておくか。


「……(ニッコリ)」


「……っ! わわわっ!?」


「わ?」


「な、なんで黒市さんがここに!?」


「ああ、忘れ物があったから取りに来たんだ。小野町はなんで俺の机で寝てたの?」


「え、えっと、それはその……! そのぅ……!」


 プルプルと産まれたての子鹿みたいに震える小野町。


 その顔は夕焼けに負けないくらい真っ赤で、目元には涙が溜まっている。


 小野町の言葉の続きを待っていると、彼女は大きく深呼吸をし始めた。


 そして、ピタリと震えが止まると思えば、聞きなれた口調で文句を言い放つ。


「う、うるせぇ! 関係あるかよ!」


「ああ、できれば涎は拭いてくれると助かるな」


「ふぇっ!? よ、よだれ!? ご、ごめんなさい! すぐ拭きます!」


 そして、あっさりと擬態は解けた。


 彼女はティッシュでゴシゴシと机を拭きだすが、大事なのはそこじゃない。


 初めは俺の幻覚を疑ったが、確信した。


 こっちが小野町の本当の姿だと。


 とはいえ、まだ残っている疑問もある。


「お、終わりました!」


「そうか、ありがとう。それで話は戻るんだが、小野町」


「な、なんでしょう?」


「どうして俺の机で寝ていたんだ?」


 ビクリと彼女の身体が固まった。


 小野町はキョロキョロと視線をさまよわせるが、やがて決心がついたのか、こちらを見据える。


「あ、あの……私、全然不良なんかじゃなくて……これも地毛だし……」


「そうだったのか。通りでキレイだと思っていたんだ」


「あ、ありがとうございます……って、そうじゃなくて……その……ちょっと人と喋るのが苦手で……。で、でも、黒市くんは毎日私に話しかけてくれて、あの……迷惑じゃなければ……私と友だちになってくれませんか!?」


「なろう!!」


 ──というのが、小野町と友だちになった経緯である。


 彼女は【金色の獅子】ではなく、ちょっと目つきが悪くて口下手な女の子だったのだ。


 それから俺と美冬の距離はあっという間に縮まった。



「おい、コラ。屋上うえ行くぞ」

『黒市さん。お昼ご飯一緒に食べにいきましょう!』

 スマホに届いたメッセージと違いすぎない? 

 行くけど。



「黒市。納得いかねぇ。放課後ちょっと付き合えよ」

『勉強でわからないところがあるから教えて』だろうか。

 オッケーサインを出したら、ニンマリと笑った。

 最近、ちょっと心の声が読めるようになってきたな。



「ここが勇気さんの家! お邪魔します……!」 

「わ、私、初めてお友達の家に遊びに来ました!」

「こ、これが通信交換……。友だちがいないとできないという噂の……!」

 めちゃくちゃ楽しんでいるのでヨシ! 

 家に招いただけでこんなに喜んでもらえると、なんだかこっちまで嬉しくなるな。



「あっ、お母さん、お父さん。お邪魔してますっ」

「勇気さ~ん。私にもジュース入れてくださ~い」

「あと今日も泊っていきます。……お風呂覗いちゃダメですよ?」

「覗かねぇよ!!」



 ……とまぁ、第二の実家みたいにくつろぐようになるまで、そうは時間がかからなかった。


 両親なんかは完全に恋人だと勘違いしており、普通に受け入れている。


 見た目はアイドル顔負けの美少女だし、人がいる前では礼儀も正しいからな……。


 彼女との縁を切らないのは、それだけ俺が惚れこんでしまっているから。それは自覚していた。


 告白しようとは、毎日考えている。


 だが、もし。もし、美冬が俺に友だち以上の感情を持っていなかったとしたら……? 


 そう思うと、情けないことに想いを伝えられなかった。


「はぁ……」


 今日も今日とて、美冬を落ち着かせた後、我が家の自室へと移動していた。


 さきほどまでの慌てっぷりはどこに行ったのか、ウキウキでどのゲームをプレイするか選んでいる。


「どうしたんですか、勇気さん。ため息なんかついて珍しい」


「いや、ちょっとな」


「ふ~ん……あ、ちょっと待ってください。そんな気分のときはアレをプレイすれば……」


 ガサゴソと棚に体を突っ込んで、ゲームソフトを探す美冬。


 ……やっぱり男として意識されていない気がする。


 じゃないと、こんな無防備に尻を突き出してフリフリとはさせないだろう。


 目のやり場に困るのでやめさせるように声をかける。


「小野町」


「美冬、です!」


「ああ、すまん。美冬」


「はい、美冬です」


 勢いよくこちらに振り返った彼女は、えへ、えへへとほっぺがとろけさせて幸せそうな顔だった。


 互いの名前呼びは美冬からのご要望である。友だち感があって嬉しいらしい。


 ちなみに、俺はこの表情を見るために毎回わざと間違えている。


 互いに幸せなのだからwin-winだろう。


「美冬。お前、また昨日夜更かししてゲームしてただろう? 目つきがひどくなってるぞ」


「ちゃ、ちゃんと2時には終わりましたもーん」


「2時も十分遅いっ!」


「あいたっ!?」


 彼女は昔から緊張しいなせいで友だちがおらず、その結果ずっとゲームが友だち代わりの根っからのゲーマーだ。


 目つきが悪いのもゲームで夜更かしをしているからだし、テストの点数が悪いのも勉強時間をゲームにツッパしているから。


 あのヤンキーみたいな喋り方も緊張癖を直したくて、ゲームの中の強いキャラを模倣した結果だというのだから恐ろしい。


「……もう少し早く出会っていたらなぁ」


「な、なんですか。格好いいじゃないですか、龍なる乙女が如くの『鬼龍院さん』! 私もあんな風にバッタバッタと悪を倒す女性になりたいです……!」


「……そんな細い腕で?」


「むーっ! むーっ!」


 ポカスカと叩いてくるが、全然力がないので痛くもかゆくもない。


 彼女からのお誘いの後、晴れて友人関係となった俺たち。


 美冬は今まで友だちがいなかったせいか距離感がバグっている。


 身体が引っ付くのも気にしないし、胡坐かいてたら気にせず間にすっぽり収まってもたれかかてくる。


 終いには金土日と普通に泊まっていく始末。


 どうして俺のタンスに女物の服が当たり前のように仕舞われているのか。


 なぜ客室ではなく、俺のベッドを使うのか。


 おかげで俺は悶々とした日々を送らされていた。


「それで? 今日はどれで遊ぶんだ?」


「そうでしたっ。これしましょう! 金太郎電鉄! とりあえず10年くらい!」


「却下。月末テストだから勉強するって約束──」


「あれ~? もしかして勇気さん負けるのが嫌なんですか~?」


「…………」


「そうですよね? 負けてばかりじゃ楽しくないですもんね? わかりました。じゃあ、一人で」


「やってやらぁ!!」


「……ふふっ……チョロい……」


「ブツブツ言ってないでやるぞ! こてんぱんにしてやるからな!」


「じゃあ、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くってことで」


「構わん! この土日はずっとテスト勉強させてやる……!」


 言われっぱなしなのは性に合わない。


 俺をカモだと思って煽ってきたことを後悔させてやる……! 


 メラメラと燃え盛りながら、俺はプレイヤー名を打ち込んでいくのであった。






 それから数時間後。


 俺は真っ白に燃え尽きて、ベッドにもたれかかっていた。


「相変わらずゲームが下手ですね、勇気さんはっ!」


 この満面の笑みである。


 終始トップを駆け抜け続けた美冬はとてもご満悦な様子だった。


 仕方ない。俺が何を言っても負け犬の遠吠え。負けは受け入れようじゃないか。


 ……ふぅ。よしっ。


「それじゃあ、俺は晩御飯の支度を」


「待ってください、勇気さん。約束を忘れていませんか?」


 ちっ、忘れていなかったか……。


 俺は浮かせた腰を再び床に下ろすと、ベッドに座っていた美冬の方へ向き直る。


「……で? 美冬の願いはなに?」


「それはですね……」


 プラプラと足をばたつかせて落ち着かない彼女はポンポンと自身の隣を叩く。


 デコピンか? それともビンタか? 


 ありえそうな罰ゲームを考えながら、俺は彼女の隣に腰かけた。


「……その、ですね。こういうのは卑怯だとわかっているんですけど、私は臆病なので遠慮なく使います。少しでも勝率が上がるように工夫するのがゲーマーですから」


「それで?」


「それで……うぅ……あの……勇気!」


 その口調は彼女が緊張した時に出る不良モードのもの。


 頬を真っ赤に染め、胸の前で握りこぶしを作ると、彼女はこう言った。




「私の恋人になれ! ……ください」




「……は?」


 状況が飲み込めず、思わず漏れ出てしまう情けない声。


 一方で緊張で狂った美冬も口が止まらない。


「勇気さん優しいですし、愛想尽かさずに構ってくれるし、だから頑張ってお泊りとかしたんですけど全然手を出してくれないし、だからこうするしかなかったと言いますか……うぅ……恥ずかしい……!」


 ちょっと待て。ちょっと待ってくれ、美冬。


 素直に解釈すれば、彼女がずっと俺を好いていてくれたということになる。


「つ、つまりですね、私は勇気さんがす、す、す……っ!?」


 彼女が決定的な言葉を発する前に口を手でふさぐ。


 その言葉だけは俺が先に言いたかった。


 告白されたからだなんて格好悪いと思う。


 彼女は俺を異性として見ていないと思い込んでいて不意をつかれたが、それでもこれだけは譲れない。


「……美冬。ちょっとだけ落ち着けるか」


「無理無理無理ですっ! 顔熱いですし、もう穴があったら入りたいくらいなんです!」


「お前が苦労して色違いまで全部集めたバケモンのデータ消すぞ」


「ぶっ殺しますよ」


「よし、落ち着いたな」


 俺は彼女の腕を掴む。


 この千載一遇のチャンスを逃がさないように。


「美冬」


「な、なんですか。殺すフるなら情け無用でお願いします」




「俺は一目見た時から美冬が好きだ」




 想いが喉を通り抜けた瞬間、時が止まった気がした。


「だから、俺と付き合って欲しい」


「う、嘘じゃないですよね?」


「本当だ」


「都合のいい私の夢なんじゃ」


「違う。最初から最後まで全部現実だ」


「う……」


「う?」


「うぅ……!!」


 ポロポロと涙を流す美冬。


 動揺するもハンカチで彼女の涙をぬぐう。


「わ、私、フラれると思ってました……」


「……ははっ、負ける前提で勝負していたのかよ」


「だって、だってぇ……勇気さんも私に魅力を感じないからあんなに平然としているのかなって思って」


「バカ。それは違うよ」


 くしゃくしゃになった愛おしい彼女を包み込むように抱きしめる。


 長く伸びた髪に沿って頭を撫で、細い腰に腕を回す。


「ずっと一緒にいたいと思ってたから、何もできなかったんだ」


「勇気さん……?」


「怖がりなのは俺の方さ。美冬から告白されるなんて思ってもみなかった」


「えへへ……ビックリしましたか?」


「ああ、心臓が止まるくらい。……美冬は格好いいな。俺はなんとも情けないばかりだ」


「……いいんですよ、勇気さんは格好悪くても。それよりももっといいところ知っていますから」


 ギューッと力強く美冬も抱き着く。


 いつも以上に身近に彼女の体温と匂いを感じて、鼓動が逸る。


 無言の時間が続くけれど、とても心地よく、いつまでもこうしていた気持ちになる。


「……でも、勇気さん」


 スルリと腕から抜ける美冬。


 額も、頬も、耳たぶまで真っ赤な彼女はチラリと上目遣いでこちらをうかがっている。


 そして、瞳を閉じた。


「か、格好いい勇気さんも見たいな~……って」


「…………っ!」


「ダメ、ですか?」


 この言葉が何を意味するのか、わからない鈍感野郎はこの世にいないだろう。


 そっと美冬の頬に手を添える。この指先の震えは俺の緊張か、彼女のものなのか判別がつかない。


 そっと下ろしていき、顎をゆっくりと傾けさせた。


 柔らかそうな薄紅色の唇を親指でなぞる。


「……美冬」


「……はい」


「大好きだ」


 そして、そのままゆっくりと顔を近づけていき──。


 初めてのキスは幸せな味がした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ま、まさかあんなにもキスされるとは思いませんでした……!」


「わ、悪いかよ! だいたい美冬もノリノリだったし!」


「ひ、人のせいにするんですか! これが本物の不良……!」


「本物じゃない。もうそういうの辞めて、わざわざこっちまで転校してきたの知ってるだろ」


「あっ、私、クローゼットに残してある特攻服着た勇気さん見たいです」


「見てどうするんだよ」


「待ち受けにします!」


「却下」


「ケチ!!」


「はいはい。さっ、晩御飯でも作るか。何がいい?」


「ハンバーグを所望します! 私もお手伝いしますよ!」


「この前ただの洗い物で、お皿何枚も割ったからダメ」


「つ、次こそはできますから……!」


「ぐっ……出来上がったら呼ぶからリビングで待っていなさい」


「はーい! そういう勇気さんの優しいところ、私いちばん大好きです!」


「バッ……! はぁ……」


 上機嫌にクルクルと回りながら、リビングへと戻る美冬。


 キラキラと輝く彼女の瞳に負けたのも惚れた男の弱さか。


 これからもこうやって美冬に振り回されるのだろう。


「……腕によりをかけて作るか」


 でも、こんな関係が幸せだからヨシとしよう。




 ちなみにこの後、美冬は何もないフローリングの床でつまずき、盛大にテーブルにぶちまけた。


 結婚したら俺が家事を担当する。


 そう決意したのであった。





◇最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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一目惚れした隣の席の不良少女にずっと話しかけていたら、懐かれて毎日家で遊ぶ関係になった 木の芽 @kinome_mogumogu

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