光るかぼちゃときらきらの飴

 十月に入って、にわかに街全体がふわふわと気分が浮き立つような空気が漂っていた。季節は秋から冬へと変わる時期。概ね収穫を終えた畑は穏やかな土色を見せていて、雑に作られた怖い顔のカカシがぽつねんとあたりを睥睨へいげいしていたりする。


「……増える?」

「ああ」

 怪訝な顔で訊き返したルネに、師匠はため息をつきながら頷いた。いつも不機嫌そうな顔ではあるが、今日は一際眉間にしわが寄って、より険しい顔つきになっている。綺麗な蛍石のような瞳も何だか翳っているように見えた。

「でもそれ……誰かの悪戯じゃないんですか? 別に動いたりするわけじゃないんですよね」

「動きはしないが、光るらしい」

「光る……んですか?」

 聞き返すと、師匠は重々しく頷いた。そんなに深刻になるようなことでもないと思うのだけれど、とルネは首を傾げる。そんな彼に、師匠はもう一度深いため息を吐きながら、棚から角灯ランタンを取り出すと、蝋燭に火を灯した。

「見に行くんですか?」

「一応な。時期が時期だ。何事もなければいいんだが、形があるせいでおかしなものが寄りついているなら早めに手を打っておかないと厄介なことになりかねん」

 それでなくともあいつが闇森やみもりを刺激したばかりだからな、と苦虫を二百匹は噛み潰したような顔で続ける。


 先日、師匠から薬を受け取っていったあの美貌の主は、あれほど言ったにもかかわらず、契約内容をぶっちぎって、北の闇森の大半を美しい緑森に変えてしまったのだという。

 結果、そこに住んでいた精霊たちは怒り狂ってこの街にまで押し寄せたが、事前に張られた結界に阻まれた上、待ち構えていたその厄災の主の手によって一網打尽にされて、銀色の壺に閉じ込められた。


 つまりは、それが目的だったらしい。本人は一石二鳥だよ、と訳のわからないことを言っていたけれど。


 外に出ていこうとする師匠に、ルネも慌てて外套を羽織りながらその後を追う。師匠はちらりとルネの方を見たけれど、何も言わずにもう一つ、小さな角灯を手渡すと、店を出て鍵をかける。

「オーレリアさんって、何者なんですか?」

「迷惑な客だ」

 間髪入れない返事だったが、若干的の外れた回答だ。既に夜のとばりが下りた街の中をゆっくりと進む師匠に並んで歩きながら、ルネは問いを重ねる。

「……もしかして、魔法使い、なんですか?」

「違う」

 師匠はそれ以上は話したくないのか、口をつぐんでしまう。闇森の精霊を捕らえるなんて、尋常の沙汰ではないから、おそらくは只人ではないのは間違い無いのだろうけれど。


 一度口をつぐんでしまった師匠に、それ以上何かを問うても無駄だとルネは知っていたので、黙ってついていく。やがて、師匠が足を止めたのは、この街で評判のパン屋の前だった。気のいい店主はルネも顔見知りで、よく焼きたての丸パンなんかをおまけしてくれるのだ。


 店の前にはかぼちゃお化けジャック・オ・ランタンが四つ並んでいた。小さいもの、中くらいのもの、大きいもの、それから緑色のもの。どれもが中から淡い光を放っている。ランタンなのだから、光ること自体は不思議はないはずなのだけれど、そのかぼちゃたちの頭には切れ目がない。柔和に可愛らしく笑うその顔が、急に恐ろしいものに見えてきて、ルネは思わず師匠の背後に隠れてその外套の端を握った。


 師匠はちらりと彼を振り返って、その蛍石のような瞳に優しい光を浮かべる。くしゃりとルネの茶色の頭を撫でてから、光るかぼちゃたちの前に膝をつく。


「目的は何だ?」

「お菓子くれなきゃ、悪戯いたずらするぞ!」

 きゃはは、という軽やかな笑い声とともに、伝統的トラディショナルな答えが返る。微動だにしないけれど、明滅する光は陰影をつくって、何やらやっぱり笑顔が不穏に見えてくる。

「闇森の精霊か?」

「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!」

「還る場所がないから、ここに寄りついたのか?」

「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!」


 師匠の声のトーンがどんどん下がっていくのに、カボチャの返答は変わらず陽気でご機嫌だ。不機嫌そうな表情のわりに、比較的温厚に見える師匠だが、人でもある。今にも懐から金槌を取り出してかぼちゃを叩き割りはしないかと、ルネは何だか気が気でなかった。


「……師匠、ちょっと落ち着いて」

「あいつじゃあるまいし、そんな乱暴狼藉を働くか」

 ルネの心を読んだかのように、ほんの少し呆れた声で師匠が彼を見上げる。それから、もう一度かぼちゃたちに向き直ると、一番小さなものを手に取った。

「どこから来た?」

「お菓子くれなきゃ——」

 今度は最後まで言う前に、師匠の蛍石の瞳がきらりと光ったように見えた。いつもより少し明るく、冷ややかな色で。ぐっとかぼちゃを握る手に力がこもる。みしり、という不穏な音がして、後ろに並ぶかぼちゃたちもざわめき、光の明滅が早くなる。

「お、お菓子——」

「あ、あの、そろそろちゃんとお話聞いた方がいいですよ! うちの師匠は、本当に容赦無くタイプなので」

 師匠の気配が尖りきる前に、ルネは慌ててそう口を挟んだ。いくら怪しいモノが相手とは言え、近隣住民の前で、一応見た目はかわいいかぼちゃを叩き割る師匠の姿など見られたら、今後の商売に影響が出そうだったので。


「お菓子くれたら、大人しくなるよ」

万聖節前夜ハロウィンまで、みんなで集まるだけだから」


 思いのほか、のんきな回答に師匠は疑わしげな視線を向ける。かぼちゃたちは必死なのか、さきほどよりは激しく明滅して、それぞれ口々に自分たちは無害だと訴えた。


「何でここに集まっているんだ?」

「このパン屋さん、美味しいお菓子くれるから」

「チョコレートクッキーにフィナンシェ、ギモーヴに、大きなりんご」

「それから、甘い甘い杖の飴キャンディケイン

「どれもとっても美味しいよ」

「たっぷりくれる、気前のいい人」


 どうやらここのパン屋の気前のよさは、精霊だか妖精だかにも伝わっているらしい。とはいえ、まだハロウィンまでは日がある。このペースで増え続けたら、あたり一面、かぼちゃだらけになってしまうのではないだろうか。


「そうだねえ。いくらなんでもこれ以上は、邪魔だねえ」


 その声に、さぁっとかぼちゃたちがざわめいて、ぴたっと光が全て消えた。まるで、今まで光っていたのが嘘のように。自分たちは無害で何の変哲もないただのかぼちゃ飾りジャック・オ・ランタンだとでも言わんばかりに。


 街灯と角灯の明かりに照らされて、月そのもののように鮮やかに輝く金の髪と、瑠璃色の瞳。にこにことご機嫌に、輝かしい笑顔のその人は、小脇になにやら銀色の壺を抱えていた。


「やあ錬金術師、夜の散歩か、それとも出張作業かい?」

「誰かの尻拭いだ」

「私のお尻は至って綺麗だよ?」

「……下品だぞ」

「あなたが言い出したんじゃない。さて、これ以上、その眉間の皺が深くなってもいけないから、ささっと片付けるよ」


 そう言って、にっこり笑いながらオーレリアは銀の壺の蓋を取る。かぼちゃたちへと向けられたそれに、ざわっとかぼちゃたちが身震いしたように見えた瞬間、オレンジ色の光がかぼちゃたちから湧き上がり、すうっとそのまま銀の壺に吸い込まれていった。


「さてこれでおしまい。またやってくるかもしれないけど、こちらに吸い寄せられるようにしておくから、もう大丈夫だよ」

「……できるなら最初からやっておけ」

「いやあ、どのあたりに溜まるかは、わからなかったからね」

 歌うように言う佳人に、けれど師匠はただ不機嫌そうに深いため息をつくと、来た道を戻り始める。

「あ、あの師匠、もうかぼちゃたちは……」

「見ての通りだ。やはり闇森から行き場を失った精霊たちのなれの果てだったんだろう。あいつが回収したから、あとで然るべきところに還されるはずだ」

「しかるべき、ところ?」

「ああ、もっと北の石並びの丘か、あるいは西の荒野か。まあその辺りだろう」


 そのまますたすたと店へと戻ってしまう。結局何だったんだろう、と思いながら外套を脱いだところで、店の扉がばたんと、乱雑な音を立てて開いた。まだ鍵をかけていなかったらしい。


「錬金術師ー! そう言えば、お菓子ちょうだい!」

「……子供か、お前は」

「だって持ってるでしょ、あれを片付けに行ったのなら」

 やけに自信たっぷりに、手を差し出してくるオーレリアに、師匠はしばらくやっぱり苦虫を三百匹は噛み潰したような顔をしていたけれど、懐から綺麗な小瓶を取り出した。中には透き通った色とりどりの飴が入っている。

 師匠が蓋を開けて小瓶を傾けると、カラン、と軽やかな音を立てて薄緑色の飴が転がり出てきた。ちょうど、師匠の瞳とよく似た色の。


 やっぱり嫌そうな顔でそれを差し出した師匠に、オーレリアは何だかとても嬉しそうに顔を近づけて、そのままぱくりと口に含んでしまった。その拍子に赤い唇がほんの少しだけ師匠の指に触れた。

 その途端、師匠は何か熱いものにでも触れたかのように手を引っ込める。オーレリアはそんな師匠の様子には気づいた風もなく、腕を伸ばして肩を抱くと、顔を寄せてきた。


「うん、やっぱりあなたの水晶飴は絶品だね」


 そのまま頬擦りでもしそうに顔を寄せてきた彼女の顔に、師匠はその大きな手を当ててぐいと押しのける。無表情でも、ルネにはなんだかその瞳の色がいつもと違うように見えた。対照的に、オーレリアはとても楽しそうで、瑠璃色の瞳はきらきらと輝いている。


 どう見てもお似合いの二人だ。


 思わずニヤニヤしてしまったルネの表情に気づいたのか、師匠の顔が不機嫌から無表情に変わる。

「ルネ、勘違いするなよ」

「え、何がですか? 僕はただ、お似合いだなあって」

「それがそもそも間違いだ」

「間違いだなんてひどいなあ。お似合いなのは別にいいじゃないか。あなたと私の仲だし」

「いい加減にしろ、オーレリア」

 師匠の声音は少し硬くて、いつもと違う。

「お前には婚約者がいるだろう」

「まあね」

「え?」

 平然と頷いたオーレリアと、その前に師匠の言った言葉がうまく繋がらなくて、ルネは思わず直角に首を傾げてしまった。

「まあでも親の決めた相手だしねえ」

「だが、断る予定もないのだろう」

「そうだねえ。そうするには、いろいろ手続きが面倒だしね」

 事もなげに頷くオーレリアに、師匠の表情も変わらない。ルネの方がびっくりしてしまって、顎が開きっぱなしだ。

「え、じゃあオーレリアさんはその方と……その、結婚されるのですか?」

「まあ、このままいくとそうなるだろうねえ」

「ええ⁉︎ し、師匠はそれでいいんですか?」

「俺には関係ない」

 肩を竦めてそう言った師匠に、だよねえ、とオーレリアもにこやかに頷くと、それじゃあまた、と言って、そのままひらひらと手を振って、小脇にあの銀の壺を抱えて出ていってしまった。


 本当に飴をもらいに来ただけだったのだろうか。謎だ。


 師匠は一つため息をついてから、ローズマリーの精油の瓶を取り出すと、陶製の器の上に置いて、蝋燭に火を灯す。熱せられた精油がふわりと香ると、すうっとあたりの空気が澄んでいくような感じがした。

「ローズマリーの香りは魔除まよけにもなる。覚えておくといい」

「はい。師匠があのかぼちゃを片付けにいったのは、オーレリアさんと関係があると思っていたからですか?」

「まあな。大体この町で起こる怪異絡みの厄介事はあいつ起因だ」


 オーレリアが——そのやり方はいろいろ問題があるにせよ——師匠を気遣うように、師匠も自然とオーレリアの行動に気を配っている。側から見れば、迷惑そうではあっても気の合う二人だと、そう思っていたのだけれど。


 視線を感じたのか、師匠は表情を和らげて、ルネに手を出すように促した。そうして小瓶を傾けると、ルネの手の上にいくつものきらきらとした透き通る飴が転がってくる。

「こんなに食べられませんよ」

「そうか?」

「晩ごはんの前ですし。せめて師匠もお一つどうぞ」

 ルネがそう言うと、師匠はしばらくじっと見つめてから、一つをルネの手のひらからつまみ上げる。夜を閉じ込めたような、深い紺色のそれをじっと見つめる師匠の瞳は、やっぱりいつもと違うように見えたけれど、ふっと柔らかく笑うと口に放りこんだ。


「今夜はもう悪戯はなし、だな」


 何を——誰を思い浮かべているのかは明らかだった気はするけれど、ルネは口に出さない程度には、ちゃんと分別のある少年だったのだ。

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