第48話 幸せを願う気持ち


 ジュエリーショップを出た。すぐに砂河すながわさんに電話を掛け、翔太の遺書を持って家に来て欲しいと伝える。時間を打ち合わせて、通話を切る。

 れんと一緒にバスに乗り、自宅へ向かった。


 家の近くのバス停でバスを降りる。

 俺の後に降りた恋は、俺の半歩後ろを歩く。

「古賀先生は、乃亜さんと喧嘩をしたことがありましたか?」

 乃亜とのことを、恋に訊かれた。正直、嬉しい。乃亜のことを思い出すのは好きだ。俺の中に、乃亜が確かに生きていたという証がある、ということなのだから。

「あるだろ。長い時間一緒にいたからな」

「乃亜さんって、どんな方だったんですか?」

「そうだな……頑張り屋で、真っ直ぐな奴だよ。そういう奴だから、俺がいたずらをするとすげー怒られたりして」

 大抵、悪いのは俺だ。乃亜に怒られた俺がヘソを曲げて言い返す。乃亜は正論を俺にぶつける。いつもそういう喧嘩だ。

「一緒にいる時間が長ければ、相手の色んな面が見えるだろ? 良い面も悪い面も。それが喧嘩の原因になったりもするだろうしな」

 表面だけの付き合いでは、そうそう喧嘩などしないと思う。

「古賀先生は乃亜さんと喧嘩したあとで、プレゼントをしたことがありますか?」

「ない……気がする。あの頃は俺、随分ガキだったから」

 最終的には、悪くない乃亜が謝ってくるまで、ふてくされていた。だから、喧嘩のあとで乃亜の機嫌を直そうとプレゼントをしたことなどない。

「では、古賀先生に翔太さんの気持ちはわかりませんね」

「そうだな。喧嘩したすぐ後でプレゼントなんて、どれだけお人好しなんだ。っていうか、お前は喧嘩すらしたことなさそうだな。お前の方が翔太の気持ちなんてわかんないだろ?」

「そうでもないと思います」

 恋の言葉からは、妙な自信が感じられる。

「相手に嫌われていても、相手の幸せを願う気持ちなら、私にもわかります」

 冷たくなりかけた夕方の風が、恋の長い髪をなびかせる。顔にかかる髪を、恋が手で避けた時に一瞬だけ見えた。いつもは隠れて見えない前髪の生え際に、濃い痣のようなものがあるのが。

 恋の笑顔がひどくぎこちない、無理したもののように見えた。

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