第47話 薄汚れた小さな白い箱

 翔太がそれを落としたとすれば、何日も前だ。誰かが拾っていて、もうここにはないかもしれない。だけど、まだある可能性はある。

 車道を凝視する。切れ間なく行き交う沢山の車が邪魔だ。車道の信号が赤になった。動いていた車が止まる。屈んで、車体と道路の間を見る。見つからない。

 とても小さなものだ。よく探しても見落としているかもしれない。何度も同じ場所を繰り返し探す。

 反対側の歩道に渡って、対向車線もよく探す。何度も見渡す。

 見つからない。

 れんは車道近くの街路樹付近を探している。現場の近くの街路樹には、今日も花束が置いてあった。

 恋が青になった横断歩道を渡って、こちらの歩道にやって来る。俺がいるところよりも離れた場所にある街路樹の下を探している。そんなに遠くにはないんじゃないだろうか。

 車道に視線を戻す俺の視界の端に、恋が振っている手が触れた。

 恋がいるところまで走る。

「これ……じゃないでしょうか」

 恋の手には、薄汚れた小さな白い箱がある。開くが、中身はない。

「どうだろうな……恋、一応それもとっておいてくれ」

「わかりました」

 ここに箱があった、ということは、トラックにはね飛ばされた時に一緒に飛んだのだろうか。箱は四角くて、大した距離を転がれそうにない。なら、翔太はこれを開けて、手が滑るかなにかして中身を道路に転がしてしまったんだとしたら……探すのは道路の方か。排水溝にでも落ちてなきゃいいけど。

「古賀先生、続きはまた明日にしませんか? 翔太さんの処置もすすめないと」

「そうだな……明日また探しに来るか……」

 患者を放っておくわけにはいかない。

 恋と家に帰って屍蝋作りの合間に、草加と春湖に今日の謝罪と、代金は明日払う、とメッセージを送った。


 翌日の放課後、また恋と大通りに来た。

 車道は車がひっきりなしに走っていて危ないから、端の方だけ捜索する。信号が赤になったのを見計らい、道路の中央の方まで視線を走らせる。

 もう一時間以上捜索を続けているだろうか。今日もそろそろ家に戻らないとな。

「古賀先生……!」

 恋が道路の一点を指さしている。

「あそこ、なにか光っていませんか?」

 目を凝らしてみると、確かになにか光って見える。

 信号が赤になるのを待って、横断歩道でもない車道に飛び出して車と車の間を走る。光っているものを素早く手に取った瞬間、クラクションの音が鳴った。慌てて歩道に向かって戻る。

 開いた手のひらには、土埃で汚れた指輪が乗っている。

 指輪は、ようやく見つけてもらえたことが嬉しくて涙したかのように、キラリと光った。


「あー……多いんだよね、そういうお客さん。どんな人かは覚えてないけど、いたよ。何日か前にその指輪を買って行った人」

 近くのジュエリーショップで訊ねると、中年の男性店員は指輪のことは覚えていたらしい。

「その人、なにか言っていませんでしたか? この指輪をどうしたい、とか」

「言ってたかなぁ」

 覚えていないのなら仕方ない。この指輪を買った人がいた、という事実だけでも収穫だ。

 お礼を言って立ち去ろうすると、店員に呼び止められた。

「思い出したよ! 彼女へのプレゼントだって言ってたなぁ。昨日喧嘩して怒らせたから受け取ってくれないかもしれない、なんて言って」

 翔太と同じ境遇だ。

「あまりにも気弱なことを言うもんだから、『こんなに想ってくれる男から、受け取らないわけないじゃないか』って言ってやったんだよ。喧嘩したっていう相手にすぐプレゼントするなんて、若いのに懐の深い子だと思ってね」

 店員から話を聞いて確信する。

 やっぱりそうだ。柏木翔太は自殺なんかしていなかった。

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