第46話 お別れ。

 店を飛び出してすぐ、れんが俺に呼びかける。

「先輩……!」

 無視して走る。

「先輩……! 放してっ……!」

 そこではじめて、恋の声が切迫していることに気付いて手を放し、立ち止まる。

 恋はその場に座り込んだ。

「悪い……強く掴みすぎた」

 手加減なしに腕を掴まれていた恋は、よほど痛かったのか、黙って動かない。

「悪かったって。ちょっとひらいめいたんだ。翔太の自殺現場に行くぞ」

 それでも恋は動かない。俯いているから表情もわからない。

「恋――」

「すみ、ません……っ」

 恋の声が震えていた。こんな時に何か面白いことでもあったのだろうか。思い返そうとした俺より早く、恋が顔を上げる。

 その顔は、いつもと同じ笑顔なのに、泣いているように見えた。

「ちょっと……びっくりしてしまいました」

「いや……俺が悪かった」

「もう大丈夫です」

 立ち上がった恋は、もういつも通りだった。


 バスに乗り、大通りへ向かう。目的地に着くまで、俺達は無言だった。


 大通りは今日も交通量、人通り共に多い。ここへはある物を探しに来た。

 俺の仮説はこうだ。

 翔太はここである物を落とした。それは翔太にとって、とても大切な物だった。周りのことが目に入らなくなるくらい、大切な物だった。それが、誤って車道へ転がって行ってしまった。翔太はそれを拾うために急に車道に飛び出した。そして、トラックに跳ね飛ばされた。これなら、死ぬ気はなくても十分自殺に見える。

 この仮説が正しいのなら、あるはずだ。翔太がここで落とした何かが。

「恋、この辺りに何か落ちてないか探すぞ」

「何か、とはなんでしょうか?」

「知らない」

「古賀先生、それでは探しようがないのですが……」

 そう言われても、俺には翔太が大事にしていたものとか、そんな感じのものがなんなのかわからない。明るく心優しい男子高校生の大事な物ってなんだろう。

「翔太はここで何か落とし物をしたかもしれないんだ。それを探したい」

「何故、何かを落としたと思うんですか?」

 一人で突っ走っている俺に、恋が優しく訊ねる。はやる気持ちを落ち着けてから、草加くさかの動きからひらめいた仮説を恋に話す。

「……翔太さんが大切にしていた物、ですか……」

「何か思いつかないか?」

 頭を抱えて唸っていると、強い視線を感じた。恋が俺の顔をじっと見ている。

「な、なにか……?」

「古賀先生にとって一番大切な物はなんですか?」

「俺……? 物じゃないけど、一番大切なのは乃亜だな」

「翔太さんに当てはめると、砂河すながわさんですよね」

「え? ああ、彼女大好きならそうなんじゃないか」

 でも、砂河さんは、自殺前日に翔太と喧嘩をしたと言っていた。

「うーん、喧嘩してるんだよな……そんな気分で彼女が大切なんて思えるか? そもそも、砂河さんが落とし物なわけないしな。もしかして、他に好きな奴がいて、そいつを……」

 そこまで声に出して、おぼろげに思い出す。ファミレスで、恋が俺を怒らせたことを。

「恋、さっきファミレスでなんて言ってた? お前、俺を怒らせただろ」

「そうでしたか?」

「なんか……俺に新しく好きな人が出来たら、乃亜と別れるとかなんとか」

「ああ……あれですか。たしか、古賀先輩は結婚しているわけではないので、他に好きな人が出来たら、お別れするかもしれません、ですか?」

 結婚――お別れ。

「……恋! あの時の記録をとったノート、今持ってるか?」

「はい。鞄に入っています」

 恋が鞄からノートを取り出す。ひったくるようにしてノートを受け取る。

「……ここだ。この言葉、こうも解釈出来ないか?」

 砂河さんが話したことがまとめてあるノートの、ある箇所を恋に見せる。その箇所の別の解釈を恋に話す。恋が感心したように何度も首を縦に振る。

「それでも、おかしくないと思います」

「だとしたら、ここで探すべき物は――」

 目的の答えを出して、恋と捜索にあたる。

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