第44話 ファミレス

 草加くさかに先導されて入ったのは、学校から徒歩十分ほどのファミレスだ。

 こいつら、部活をサボったのに、学校の近くに腰を落ち着けて大丈夫なんだろうか。

 ボックス席の奥に草加と春湖はるこが座る。それぞれのとなりに、俺とれんが座った。

 草加がとなりに座った俺の体を押す。

「なんでお前がこっちに来るんだよ」

「別に、自然だろ」

 押し合いをする俺と草加を、春湖が真剣な顔でじっと見つめている。恋が、はっとしたように席を立った。

「古賀先輩、私、そちらの席がいいです。代わってください」

 一人だけ立っている恋に、三人の視線が集まる。

「れ、恋、正気……? そこ、草加センパイのとなりだよ……?」

 春湖の口から非人道的な言葉が飛び出す。俺も心の中で非人道的なことを思う。わざわざ草加のとなりに座りたいなんて、やっぱり恋って変な奴だ。よかったな、草加。両想いだぞ。

 草加に温かい目を向けてから、俺も席を立つ。入れ替わりに恋が座ったのを確認して、春湖のとなりに腰を下ろした。

 草加はよほど驚いたのか、春湖の酷い発言を聞き流して、すぐとなりに座っている恋を見ている。

「れ、恋ちゃん……マジで? マジでこっちでいいの?」

 これまで手応えのなかった恋が自分を選んだ。その現実に草加は震えている。

 恋はいつもの微笑みで草加を見る。

「はい。マジでこっちがいいんです」

 草加が両手で顔を覆って上体を折る。草加は恋を見ることが出来ずに、立て掛けてあるメニュー表に視線を移した。

 恋が春湖に目配せみたいなものをしている。春湖から、あ、という声が漏れる。

「恋、ありがと……!」

 俺の横で、春湖が小さく呟く。今、恋は春湖に何かしたんだろうか。

「恋ちゃん、何にする?」

 まだ少し赤い顔の草加が、恋の前にメニュー表を広げる。

 もう一つあったメニュー表を春湖が俺の前に広げた。

「何にしよっかなー。理一りいちセンパイは決まってる?」

 メニューなんか見なくても、何を頼むかはもう決めてある。

 向かいでも恋が注文を決めたらしい。メニュー表のどこかを指差して草加に言う。

「これにします」

 俺も、春湖の顔を見ながら希望を伝える。

「俺、きつねそばにする。温かいやつ」

 恋の指先を見ていた草加が俺を睨む。恋は少し驚いた笑顔で俺を見ている。なんでそんな顔をされなければならないんだろう。

「……打ち合わせた?」

「何を?」

 草加がメニュー表をテーブルの上に立てて、『きつねそば(温)』のところを指差す。

「恋ちゃんとかぶってんだけど……」

 そんなの知るか。

 春湖が笑い声を立てながら言う。

「そばでかぶるって、理一センパイ、いくつなの……!」

「お前の一個上だ。知ってるだろ」

「理一、ジジくせー」

「なんで俺だけジジくさいんだよ。久連木だって同じだろ」

「恋は和食派なだけだもんねー?」

「そうそう。恋ちゃんはいいんだよ」

 全然理屈に合わないことを言われている。

 草加は笑いながら、こそこそと生徒手帳に恋情報をメモする。

「俺も和食が好きなだけなんだけど……。じゃあ、お前らは何頼むんだよ?」

 草加がメニュー表を見て唸る。

 何でもいい、早く決めろ。

「ええと……じゃあ、味噌ラーメン」

 草加の注文内容に、ニヤリと笑う。

「草加、お前も俺と同じだ」

「えっ、なんで?」

「中華そば頼むんだろ? そば」

「俺、ラーメンって言ったんだけど」

 わけがわかっていない草加に、春湖が意地の悪い笑みを見せる。

「草加センパイ、ラーメンって中華そばとも言うんだよ」

「そうなの? じゃあ、俺達、一緒だね、恋ちゃん」

 草加はプラス思考だった。でも俺のことを忘れるのは良くないぞ、草加。

「そうですね。春湖は決まりましたか?」

 恋が草加に適当な返事をした。恋の関心は既に春湖に移っている。

「うん。私、和風きのこスパゲティ」

「全員麺類だな」

「うん。一緒だね」

 春湖が俺に笑いかけた。


 注文後、恋と春湖がセルフサービスの水を取りに行って戻って来る。

 俺と恋だけなら沈黙が訪れるところだが、ここには草加と春湖がいる。

 春湖がそわそわして落ち着かない様子で言う。

「理一センパイ、訊いてもいい?」

「内容による」

「理一センパイの悩みってなに?」

「言えない」

「じゃあ、私にだけこっそり教えて」

 春湖は期待した様子で耳に手を添えて待機している。

「春湖、言わないんじゃなくて言えないんだ。わかるか?」

 他人が自殺した理由を探している、なんて、下級生にする相談じゃない。

 春湖は俺の真剣な様子を見て、残念そうに俯く。

「……わかった。じゃあ聞かない」

「素直でよろしい」

 日焼けしていない春湖の頭皮を見ながら、頭を撫でる。

「……理一ってさー、春湖ちゃんの頭撫でんの好きだよな」

「え」

 自覚していない嗜好を指摘されて固まる。

「会うたびに撫でてんじゃん。あれ? あれあれ? もしかして、二人ってお付き合いしていらっしゃる?」

 楽しさを隠そうともせず、草加が茶化す。

「草加……俺、彼女いるって言っただろ」

「でも見たことないし。本当にいんのか?」

「いますよ」

 恋が俺の代わりに答える。

「恋ちゃん、見たことあるの?!」

「はい。古賀先輩とお似合いの、とても綺麗な方です」

 恋が乃亜のことを肯定してくれたことが、なんだか妙に嬉しく感じた。

 何故か春湖が肩を落としている。

「でも、結婚しているわけではないので、他に好きな人が出来たら、お別れするかもしれません」

 微笑みながらとんでもないことを言う恋を、睨みつける。

「俺は乃亜一筋だ」

「乃亜って言うの? 理一センパイの彼女」

 春湖がさっきより元気になった気がする。乃亜の名前にそんな効能はないはずだ。

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