第44話 ファミレス
こいつら、部活をサボったのに、学校の近くに腰を落ち着けて大丈夫なんだろうか。
ボックス席の奥に草加と
草加がとなりに座った俺の体を押す。
「なんでお前がこっちに来るんだよ」
「別に、自然だろ」
押し合いをする俺と草加を、春湖が真剣な顔でじっと見つめている。恋が、はっとしたように席を立った。
「古賀先輩、私、そちらの席がいいです。代わってください」
一人だけ立っている恋に、三人の視線が集まる。
「れ、恋、正気……? そこ、草加センパイのとなりだよ……?」
春湖の口から非人道的な言葉が飛び出す。俺も心の中で非人道的なことを思う。わざわざ草加のとなりに座りたいなんて、やっぱり恋って変な奴だ。よかったな、草加。両想いだぞ。
草加に温かい目を向けてから、俺も席を立つ。入れ替わりに恋が座ったのを確認して、春湖のとなりに腰を下ろした。
草加はよほど驚いたのか、春湖の酷い発言を聞き流して、すぐとなりに座っている恋を見ている。
「れ、恋ちゃん……マジで? マジでこっちでいいの?」
これまで手応えのなかった恋が自分を選んだ。その現実に草加は震えている。
恋はいつもの微笑みで草加を見る。
「はい。マジでこっちがいいんです」
草加が両手で顔を覆って上体を折る。草加は恋を見ることが出来ずに、立て掛けてあるメニュー表に視線を移した。
恋が春湖に目配せみたいなものをしている。春湖から、あ、という声が漏れる。
「恋、ありがと……!」
俺の横で、春湖が小さく呟く。今、恋は春湖に何かしたんだろうか。
「恋ちゃん、何にする?」
まだ少し赤い顔の草加が、恋の前にメニュー表を広げる。
もう一つあったメニュー表を春湖が俺の前に広げた。
「何にしよっかなー。
メニューなんか見なくても、何を頼むかはもう決めてある。
向かいでも恋が注文を決めたらしい。メニュー表のどこかを指差して草加に言う。
「これにします」
俺も、春湖の顔を見ながら希望を伝える。
「俺、きつねそばにする。温かいやつ」
恋の指先を見ていた草加が俺を睨む。恋は少し驚いた笑顔で俺を見ている。なんでそんな顔をされなければならないんだろう。
「……打ち合わせた?」
「何を?」
草加がメニュー表をテーブルの上に立てて、『きつねそば(温)』のところを指差す。
「恋ちゃんとかぶってんだけど……」
そんなの知るか。
春湖が笑い声を立てながら言う。
「そばでかぶるって、理一センパイ、いくつなの……!」
「お前の一個上だ。知ってるだろ」
「理一、ジジくせー」
「なんで俺だけジジくさいんだよ。久連木だって同じだろ」
「恋は和食派なだけだもんねー?」
「そうそう。恋ちゃんはいいんだよ」
全然理屈に合わないことを言われている。
草加は笑いながら、こそこそと生徒手帳に恋情報をメモする。
「俺も和食が好きなだけなんだけど……。じゃあ、お前らは何頼むんだよ?」
草加がメニュー表を見て唸る。
何でもいい、早く決めろ。
「ええと……じゃあ、味噌ラーメン」
草加の注文内容に、ニヤリと笑う。
「草加、お前も俺と同じだ」
「えっ、なんで?」
「中華そば頼むんだろ? そば」
「俺、ラーメンって言ったんだけど」
わけがわかっていない草加に、春湖が意地の悪い笑みを見せる。
「草加センパイ、ラーメンって中華そばとも言うんだよ」
「そうなの? じゃあ、俺達、一緒だね、恋ちゃん」
草加はプラス思考だった。でも俺のことを忘れるのは良くないぞ、草加。
「そうですね。春湖は決まりましたか?」
恋が草加に適当な返事をした。恋の関心は既に春湖に移っている。
「うん。私、和風きのこスパゲティ」
「全員麺類だな」
「うん。一緒だね」
春湖が俺に笑いかけた。
注文後、恋と春湖がセルフサービスの水を取りに行って戻って来る。
俺と恋だけなら沈黙が訪れるところだが、ここには草加と春湖がいる。
春湖がそわそわして落ち着かない様子で言う。
「理一センパイ、訊いてもいい?」
「内容による」
「理一センパイの悩みってなに?」
「言えない」
「じゃあ、私にだけこっそり教えて」
春湖は期待した様子で耳に手を添えて待機している。
「春湖、言わないんじゃなくて言えないんだ。わかるか?」
他人が自殺した理由を探している、なんて、下級生にする相談じゃない。
春湖は俺の真剣な様子を見て、残念そうに俯く。
「……わかった。じゃあ聞かない」
「素直でよろしい」
日焼けしていない春湖の頭皮を見ながら、頭を撫でる。
「……理一ってさー、春湖ちゃんの頭撫でんの好きだよな」
「え」
自覚していない嗜好を指摘されて固まる。
「会うたびに撫でてんじゃん。あれ? あれあれ? もしかして、二人ってお付き合いしていらっしゃる?」
楽しさを隠そうともせず、草加が茶化す。
「草加……俺、彼女いるって言っただろ」
「でも見たことないし。本当にいんのか?」
「いますよ」
恋が俺の代わりに答える。
「恋ちゃん、見たことあるの?!」
「はい。古賀先輩とお似合いの、とても綺麗な方です」
恋が乃亜のことを肯定してくれたことが、なんだか妙に嬉しく感じた。
何故か春湖が肩を落としている。
「でも、結婚しているわけではないので、他に好きな人が出来たら、お別れするかもしれません」
微笑みながらとんでもないことを言う恋を、睨みつける。
「俺は乃亜一筋だ」
「乃亜って言うの? 理一センパイの彼女」
春湖がさっきより元気になった気がする。乃亜の名前にそんな効能はないはずだ。
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