第42話 賭けを、しないか?
それでも、どうしても、真野さんが示してくれた自殺以外の可能性が頭から離れない。
遺書がある。
前日に恋人との確執もあった。
目撃者証言まである。
ここまで揃ってなお、翔太が自殺したなんて、俺にはもう考えられなくなっている。
どうしてかはわからない。論理的な説明は出来ない。ただなんとなくとしか言えない。
乃亜と同じ顔の
どこまで考えても、自殺以外の死因だとしか思いたくない。
そうだ。
真野さんの家に電話を掛ける。真野さんが恋を迎えに来てからしばらく経つ。もう家についているだろう。コールが三回で止んだ。
『はい。真野です』
恋の声だ。丁度いい。
「恋、俺だ」
『あいにく、“俺”という名前の知り合いはおりません』
こいつ、わざとなのか。それとも、真面目なオレオレ詐欺対策なのか。判別できない。
「
『古賀先生でしたか。急患ですか?』
「安心しろ、急患じゃない。少し、訊きたいことがあるだけだ」
『はい? なんでしょう?』
「柏木翔太の死……お前は正直どう思う?」
『どう、と言われましても……お気の毒ですね』
「依頼人が言っているように、自殺だと思うか?」
電話の向こうから、少しの沈黙が届く。
『……自殺、なんですよね? 遺書がありますし、砂河さんが前日喧嘩したと話しているので、動機もあります』
「お前はそう思うんだな? 喧嘩が動機だと、本当に思うんだな?」
『はい』
今度は間を置かずに肯定した。
そういえば、恋にはこういうところがある。人の感情というものに疎いというか、関心がなさそうというか、自他無関係に、そう感じる時がある。それは、恋の家庭環境のせいなのかもしれない。
俺は他人の家庭のことに口出しするのを躊躇ってここまで来てしまった。でも、もういいんじゃないか。
恋にとって初めての依頼である
人が救われる瞬間をこれからも見ていきたい、と。
人、とは、恋のことではないのか。最も救われたがっているのは、恋自身なのではないだろうか。俺がずっと気づかなかっただけで恋は、もうずっと前から俺に、救いを求める手を伸ばしていたんじゃないのか。
俺は今、恋の手を取るべきなんじゃないのか。
「恋、賭けを、しないか?」
『賭け、ですか? どのような?』
「翔太が自殺か、そうでないか」
現時点では俺が圧倒的に不利な勝負だ。今のところ、翔太は自殺だという証拠しか挙がっていないのだから。
不謹慎だとは思うが、これを利用しない手はない。
『自殺だと思いますが……』
はじめから勝者がわかりきっている賭けをする気なのかと、恋の声が訴えてくる。
「俺はそうは思わない」
『それなら、私が自殺で、古賀先生がそれ以外……それ以外って、幅が広くてずるくありませんか?』
恋にもっともなことを指摘される。
他殺か、事故死か、病死か……思いつくのはそれくらいだ。どれかに絞ろう。まず、目撃者の証言から他殺ではなさそうだ。事故死も、現場の状況からみて可能性は低い。なら病死か。いや、死に至るほどの重い病を抱えていたのだとしたら、遺書にそれを書かないのはおかしい。
「じゃあ、事故死で」
恋が笑う声が聞こえる。こいつ、俺が適当に決めたと思ってやがるな。
『それで、一体なにを賭けるんですか?』
恋は不謹慎なことには触れずに、ゲームを進めようとしてくれている。こいつは、はじめに屍蝋を作ると言った時も、こうだった。きっと恋にとって悪いことは二の次なんだ。恋の中には、それ以上に大切ななにかがある。
それを知るために、俺はこのゲームを提案する。
「秘密だ。秘密を賭けよう」
見えなくてもわかる。恋が固まった空気が伝わってくる。
「俺が負けたら、お前に話していないことをひとつ話す。お前が負けたら、俺に話していないことをひとつ、話してくれ」
『わかりました。古賀先生は、私に隠していることがあるんですね?』
「お前だって、ひとつやふたつくらい余裕であるだろ?」
『そうですね。なんでも話すような間柄でもありませんし』
少し、寂しいことを言われた。
「で? 乗るのか?」
『乗ります。だって、自殺ですから』
「それはどうかな」
あとは俺が翔太の事故死を証明すればいいだけだ。だけなのだが、それが実に難しい。
遺書だってそうだ。あれを遺書以外にどう見たらいいんだ。
それでも、翔太は自殺なんかじゃない。
だから俺はこの賭けに勝つ。そして、お前が抱えてきた家庭のことを話してもらうぞ、恋。
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