第41話 翔太は自殺なのだろうか。

 バスに乗り、翔太が亡くなった大通りにたどり着く。歩道に立っている街路樹の根元に、花束が添えられていた。

 二車線の道幅は広く真っ直ぐで、見通しは良い。横断歩道もいたるところにある。ここで誤って飛び出してしまう事故なんて、まずありえない。可能性があるとすれば、誰かに突き飛ばされた他殺の方だ。ただ、翔太が人から恨みを買うような人間だったとはあまり思えない。いや、わからないな。どんな人間でも妬む奴がいないとは限らない。

 翔太が亡くなったのは午後四時半すぎだ。腕時計で時刻を確認する。今、午後四時だ。

 行き交う人に手当たり次第に声を掛けはじめる。

『三日前にここで人が亡くなったんですが、それについて何か知りませんか』

 性別も年代もバラバラに、何人もの人に同じ質問を繰り返す。

 答えを持っている人はなかなか現れない。俺を無視する人もいる。それでも、諦めずに通行人に声をかけ続ける。

 ここは大通りで人通りが多い。誰か知っていそうなものだが、人が多いだけに当たりを引くのも困難だ。誰に訊いても知らないと言われ続け、段々と、知っている人は誰もいないのではないかと思えてくる。知っている人がいないのなら、こんなことをしていても無駄だ。

 声掛けの頻度が落ちてから三十分が経過した。時刻は午後五時半だ。もうそろそろ帰ろうかと考えていると、二人組の若い女性が近づいてきた。

「すみません、さっき、三日前のことって話が聞こえたんですけど……」

 女性の一人がためらいがちに声をかけてくる。もう一人も似たような表情で話す。

「四時半頃に三日前のこと訊きまくってたのって、君だよね?」

「はい、そうです」

「一時間もやってたんだ……。さっきここを通った時に聞こえたから、帰りもまだいたら声掛けようってふたりで話してて」

 初めに声を掛けてきた女性が頷く。

「三日前のこと、何か知っているんですか?」

「知ってるというか……見たんだよね」

 あんなに誰も知らなかったのに、最有力情報を持つ目撃者が現れた。

「それ、話してもらえますか?」

「あんな現場見ちゃったのショックだったし、あんまり思い出したくはないんだけど……どうしてそんなに必死なの?」

 そんなの決まっている。乃亜のあの顔をした砂河すながわさんが悲しんでいるからだ。彼女にはこれから、明るくて幸せな人生を歩んでほしい。そのためには、翔太の死の真相をどうしても解かなければならない。

「大切な人の人生がかかっているんです」

「そっか……話すよ」

「ありがとうございます」

「三日前も、私達、学校の帰りにここを通ったんです。その時、前を歩いていた人が、急に道路に飛び出して」

「トラックに跳ねられたんだよね……」

 完全に自殺の瞬間だ。そんな場面を見てしまっただけでもショックだろうに、こうして思い出させてしまって心苦しい。

「その人、どんな人だったか覚えていますか?」

「顔まではわかりませんけど、制服を着ていたから学生だと思います。多分高校生」

 翔太の条件と合致する。

「それから、誰かが呼んだ救急車が来て」

「昨日ここに来たらあの花束があったから、ダメだったんだなぁってわかって」

 黙祷のように、女性が黙る。

「思い出させてしまってすみません。でも、もう少し詳しく教えてください。彼、自分で道路に飛び出したんですか?」

 女性二人が一度顔を見合わせてから俺を見る。

「そうです。本当に唐突に、車道に走り出しました」

「誰かに突き飛ばされたりとかは、ないですか?」

「全然。真後ろから見てたから。車道に飛び出すまで誰とも接触はなかったよ」

 一気に、他殺と事故の可能性が潰える。

 やはり、翔太は自殺なのだろうか。

 話してくれた二人にお礼を告げる。

 腑に落ちない思いを抱えたまま、バスに乗り込み、自宅に帰った。

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