第39話 許せないからだ
結局、屍蝋部屋に
「私の椅子に座ってるこの子、どこの子?」
咲嘉さんは、謎の死体少年を見て頭を傾ける。更に、
「あの子、りーちゃんの二号?」
「違います! 俺は
「そうだったの? 知らなかった。じゃあ今日はこっちー」
謎の少年に定位置を奪われた咲嘉さんは、乃亜の横に座った。
「断っておきますけど、それは乃亜のソファですから。咲嘉さんのものには一生なりませんから」
「……りーちゃんって、どうして生きてる人には冷たいの?」
「それはちょっと違うと思いますよ。俺が冷たいのは相手が咲嘉さんだからです」
「あ、そうかぁ。りーちゃんって大人の人に冷たいよねぇ」
それも違う。俺が冷たいのは咲嘉さんと、屍蝋への接し方が荒い真野にだけだ。
勝手に納得している咲嘉さんとの会話を切って、
これまでで一番重い翔太の体を、屍蝋液に沈めた。
それから十分後、咲嘉さんに急な仕事の電話がかかってきて、『無念!』という言葉を残し、咲嘉さんは家を出て行った。
屍蝋部屋に恋と二人になる。
「
恋が乃亜を見ながらぽつりと言う。
「そうだな」
「本人も知らない生き別れの姉妹かもしれませんね」
「そうかもな」
作業中だというのに、恋にじっと見つめられる。手順でもど忘れしたんだろうか。
「……どうした? なにかわからないことでもあるのか?」
「はい。古賀先生は気にならないんですか。乃亜さんと砂河さんに関係があるのかどうか」
「砂河さんが知らない以上、血のつながりがあるにしても、乃亜の話が聞けるわけじゃないだろ。どっちにしても、砂河さんは乃亜本人じゃないんだ。顔が似ているだけで……」
そうだ。砂河さんは乃亜じゃない。そう、頭ではわかっているのに。
「だからですか?」
「ん?」
「古賀先生はこれまで、屍蝋にする対象について、身の回りを調査するようなことはしていませんよね」
「亡くなった人のことを調べても意味はないからな。依頼人のことなら身元がきちんとした人かどうか調査してもいいだろうけど」
「だったら、どうして翔太さんのことは調べるんですか?」
俺が押した棒が、翔太の腹を深く沈める。
「許せないからだ」
「許せない?」
「こいつには砂河茉莉って彼女がいたんだ。その彼女を一人残して、勝手に死ぬような奴なら許せない。残される側の気持ちなんて全然考えてない。身勝手すぎる。大切な人が亡くなっても、それでも生きていかなきゃならない苦痛を、彼女に与えたんだぞ。許せないだろ」
「……古賀先生は、今でも辛いんですか?」
辛いのは俺だ。たった一人この世に取り残されて、寂しいのは俺だ。
乃亜が亡くなったのは、誰が悪いわけでもない、事故だ。だから俺は誰を恨むことも出来なかった。
でも、翔太は違う。愛した彼女に悲しみを背負わせることになるのに、自ら死を選んだ。それが許せない。生きたくても出来なかった乃亜とは違う。翔太は生きていくことも出来たのに、死ぬことを選んだ、自分勝手な奴だ。
「そうだな……乃亜は、こうしてここにいるけど、やっぱり、生きていればいいのに、と思わなくはないからな」
翔太の選択の結果、砂河さんはこれからずっと苦しんでいくことになるのだろう。俺が翔太を屍蝋にしたところで、屍蝋にするからこそ、砂河さんは罪の意識を背負っていくことになる。自殺の原因は自分にあると言っていた砂河さんは、自らの罪をずっとそばに置いておくことになる。それはどんなに辛いことだろう。いっそ忘れてしまった方が楽だ。
砂河さんは乃亜ではない。ただ顔が似ているだけの他人だ。
だけど、乃亜と同じ顔で悲しい表情を見たくない。乃亜と同じ顔を曇らせたくない。
砂河さんは、苦しみを背負うことになっても、翔太を屍蝋化させてそばに置くことを選んだ。そうまでして一緒にいたいのは、砂河さんが翔太のことを心から愛しているからではないのか。そこまで想ってくれている彼女がいたのに、翔太は何故死を選んだのだろう。
それに、引っかかる。砂河さんが言っていた自殺の原因ではあまりにも弱い。進路のことで口論になったくらいで、衝動的に自殺するものだろうか。だから原因は他にあるはずだ。
砂河さん自身、そんなことが原因だとは信じられないから、はっきりと断定はしなかったのだろう。
「俺は、知りたいんだよ。こいつが自殺した、本当の理由を」
水槽の体を小突く。翔太の頭が小波に揺れた。
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