第34話 優しくなりました。
授業が終わり、校門を出ようとしたところで小さく声がかかる。
「古賀先輩」
「お、おう。じゃあ、行くか」
「はい」
半歩後ろを歩く恋を気にしながらゆっくり歩く。
学校から女の子と一緒に帰宅なんて、なんだか恋人同士みたいだな。いや、違うぞ。恋はそういうんじゃない。俺には
乃亜はここにはいないのになんとなく思考の中でも弁明してしまう。
「
俺もかなりやられたが、恋も結構だったんだと思う。俺が小屋に入ってからの音だけでもわかった。恋はもっと前から監禁されていたから、俺が知っているよりももっと暴行を受けていたに違いない。
それでも恋はいつものように笑う。
「はい。古賀先輩は……全快まではまだかかりそうですね」
「見た目が派手になって悪いな。
「……」
恋は、はいともなんとも言わずに黙ってしまった。
「そんなことより……家族は何も言ってきたり、しないのか……?」
昨日、恋に無理矢理家出のような形をとらせてしまった。
これまであまり自覚していなかったが、どうも俺は渦中に入ると冷静ではいられないらしい。恋を助けに小屋に入った時もそうだ。俺なりにじっくり考えたつもりでも、今考えてみるとわりととんでもない提案をしたという後悔もある。
「はい。もともと大して連絡をしたりしない家族ですから」
「……そうか」
俺はごくごく普通の一般家庭に育ったんだと思う。けれどまあ、家庭の形が様々だということもわかる。恋に困った様子がないんだから、これはこれでよかったと思っておこう。
会話が途切れる。
何か、話した方がいいんだろうか。恋とは屍蝋部屋に一緒にいても、ずっと会話をしているわけではない。お互いに作業をしているから気にならないのかもしれないが、今はちょっと、なにか話さないといけない気がする。
「古賀先輩、昨日のテストの救済措置のことなんですが」
「え? ああ、受けられなかったもんな。どんな措置になるんだ?」
「明日から放課後に60分程度の補習を5日間です。ですから、その期間は作業には遅刻してしまいますが、よろしいですか?」
「勿論だ。学生の本分は勉学だしな。学校の決まり事なんだ、俺がどうこう言うことじゃないだろ。それに1時間くらいなら終わるまで待ってるぞ」
恋をひとりで下校させるわけにはいかないしな、と思っていると、恋が目と口を軽く開いて、ちょっと黙った。
「なんだ……?」
「……いえ……ありがとうございます」
「別にお礼を言うほどのことじゃないだろ?」
「……古賀先輩は、優しくなりました」
俺が、優しくなった?
そうだろうか。
確かに、前はこんな風に年下の女の子を気遣ったりもしなかったかもしれない。
それはきっと、恋や春湖と出会って、関わってきたからなんだと思う。
「そうだな……そうなんだろうな」
家に着いて、恋と屍蝋部屋に行き、
恋も二度目ともなれば慣れたものだ。俺が指示するより先に必要な薬品を持ってきたり、梨夏の時に教えた部屋の温度や湿度の管理も俺より早く調整したりするようになった。
加えて、適切なタイミングでお茶を淹れてきてくれる。
なんて優秀なんだ。
これは時給を上げないと申し訳ないな。
暗くなって、帰宅の準備をした恋と一緒に家を出る。
「真野さんのところ、大丈夫なのか?」
「はい。とても広くて部屋もたくさんありますし、それに、油絵のにおいが意外と落ち着くんです」
「ならいいけど……」
真野さんの廃墟に着いて、やっぱりここに住むという精神がよくわからない。まあ、はじめて屍蝋を見たときにもさほど動じなかった恋だ。廃墟に住むくらいなんてことないのかもしれない。
それにしたって、自分が被害者の事件があった場所に住みたいなんて思うものだろうか。
真野さんが玄関で恋を出迎えてくれる。
「真野さん、すみません。依頼人の真野さんにこんなお願いをして」
「いえいえ! 昨日も言いましたが、俺はむしろ嬉しいんですよ! 古賀先生と恋ちゃんの力になれて」
真野さんはいい人だ。
そうだな。住んでいるところがどこだろうが、俺といるよりも真野さんといた方が恋も落ち着くのかもしれない。
恋とはそれなりに関係を築いてきたつもりだったけど、これは多分俺が悪い。真野さんは気さくな人だ。どちらかと住めと言われたら、俺でも俺より真野さんを選ぶ。
「じゃあ、恋、明日の朝も学校まで真野さんに送ってもらえよ」
「はい」
「お任せください!」
夜でも元気な真野さんのところに恋を置いて、来た道を戻る。
こんな心霊スポットみたいな場所、早く立ち去りたい。
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