第28話 家出?
待ち合わせ場所に到着する。
公園の入口に、春湖が先に来ていた。俺の姿を認めた春湖は泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「センパイ! 早く恋を探さなきゃ!」
「落ち着け。
「うん。朝からいなかったから、もうその時から行方不明に……何かあったらどうしよう?!」
俺の両袖を、春湖の両手ががっしりと掴む。
「大丈夫だから少し落ち着け。まだ半日いないだけだ」
「テストの日に?! 無断で?! 恋がそんなことするような子じゃないことくらい、センパイだって知ってるよね?!」
そうなのだ。たった半日だとしても、今日無断でいないことがどこまでもおかしい。
「とにかく探そう。久連木は通学路のどこかでいなくなったということか」
「そんなのわかんないじゃん! どこか遠くに行っちゃったかもしれない!」
恋は可愛い容姿をしている。だから変質者に拉致された可能性が高い、と俺は考えている。でも、春湖の考えは違うようだ。
春湖は、連れて行かれた、ではなく、行っちゃった、と言った。
「折倉、……久連木の失踪は自主的なものだと思うのか?」
「他になんだって言うの?!」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって……」
春湖はかなり焦っている。急いでいる。それなのに、躊躇うことで時間を潰している。
「早くしないとやばいんじゃないのか」
「うっ……古賀センパイ、絶対、誰にも言わないで」
「約束する」
俺の袖を握る春湖の手の力が緩んだ。
「……恋、家出したんだと思う」
「家出?」
あの穏やかな恋からは想像もつかない単語だ。思わずオウム返しに、俺も口にしてしまう。
「うん。恋って、絶対家に誘ってくれないんだ。行きたがっても、なんとなく話逸らされたりして。もしかすると立派な家で、厳しいのかなって思ってた。ほら、恋ってずっと敬語だし、礼儀正しいし」
俺も同じように思っている。
「でも、違ってた。さっき電話した時に出たの、多分、恋のお父さんなんだけど……」
一度緩んだ春湖の手に再び力が篭る。
「自分の子がいなくなったってのに、心配するどころか……どうでもいいとか、このまま、いなくなればいい、とか……」
春湖の声が震えている。ぽたぽたと落ちたものが、土の色を濃くする。
「酷すぎるよ……家族なのに、どうして、あんな……」
つい最近、家族の一人を失った春湖には、相当堪えたのだろう。俯いたまま顔を上げることが出来ずにいる春湖の、少し汗ばんでいる頭を撫でる。
「恋、いつも笑ってるから、今までちっとも気づいてあげられなかった……! たまに、恋が無理して笑ってるのもわかってたのに! あんなに酷い家にいたなんて……全然、気づけなかった……」
「……折倉、それなら俺も同罪だ。俺も、あいつの笑顔に不自然さを感じていながら、何もしなかった」
「古賀センパイ……恋、死ぬつもりじゃないよね……?」
春湖が、涙で濡れた顔を上げて俺を見る。
「まだ家出と決まったわけじゃない。とにかく探そう」
春湖は自分の制服の袖で涙を拭う。持っているままの鞄が振られて、くくりつけられている人形が揺れて鞄に当たり、止まる。
「闇雲に探しても仕方ないから、まずは通学路を手分けして探そう。久連木の家はどっちだ?」
「あっち。ここから十分くらいのところだと思う。前に恋がそう言ってた」
春湖は、学校とは逆の方角を指さす。学校はここから十五分くらいだから、雪瑞公園は恋の通学路のやや中間点といったところか。
「お前はここから久連木の家の方を探してくれ。俺は学校までを探す」
「わかった」
恋はもう半日いない。春湖の言う通り家出だとすると、遠くへ行くかもしれない。すでにこの辺にいない可能性もあるが、向かうだろう先が不明な以上、遠くは探せない。まずは近場からだ。春湖がすぐに納得してくれてよかった。なんて聞き分けがいい子なんだろう。
「あと、草加にも連絡して探させよう。今日は暇らしいから」
「草加センパイならすっ飛んで来そうだね」
「久連木が見つかったらすぐ連絡をくれ。見つからなければ、一時間後に雪瑞公園に集合だ。いいな?」
「うん。じゃあ、古賀センパイ、またあとで!」
公園を出て行く春湖の後ろ姿を見送らず、俺は携帯電話を取り出す。
他人のことでこんなに必死になって怒ったり泣いたり、感情を素直に表現出来る春湖はいい奴だ。今更ながら、そんな春湖を救うことが出来てよかったと、改めて思う。恋、お前はいい親友を持っているんだな。
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