第28話 家出?

 待ち合わせ場所に到着する。

 雪瑞ゆきみず公園は、中央に大きな池を持つ公園だ。池の周りは舗装こそされていないが、綺麗に固められた土の道が出来ている。ここは散歩コースの定番で、ジョギングしている人や、犬の散歩をしている人がちらほらいる。

 公園の入口に、春湖が先に来ていた。俺の姿を認めた春湖は泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

「センパイ! 早く恋を探さなきゃ!」

「落ち着け。久連木くれこは朝、家を出て、学校には来なかった。そうだな?」

「うん。朝からいなかったから、もうその時から行方不明に……何かあったらどうしよう?!」

 俺の両袖を、春湖の両手ががっしりと掴む。

「大丈夫だから少し落ち着け。まだ半日いないだけだ」

「テストの日に?! 無断で?! 恋がそんなことするような子じゃないことくらい、センパイだって知ってるよね?!」

 そうなのだ。たった半日だとしても、今日無断でいないことがどこまでもおかしい。

「とにかく探そう。久連木は通学路のどこかでいなくなったということか」

「そんなのわかんないじゃん! どこか遠くに行っちゃったかもしれない!」

 恋は可愛い容姿をしている。だから変質者に拉致された可能性が高い、と俺は考えている。でも、春湖の考えは違うようだ。

 春湖は、連れて行かれた、ではなく、行っちゃった、と言った。

「折倉、……久連木の失踪は自主的なものだと思うのか?」

「他になんだって言うの?!」

「どうしてそう思うんだ?」

「だって……」

 春湖はかなり焦っている。急いでいる。それなのに、躊躇うことで時間を潰している。

「早くしないとやばいんじゃないのか」

「うっ……古賀センパイ、絶対、誰にも言わないで」

「約束する」

 俺の袖を握る春湖の手の力が緩んだ。

「……恋、家出したんだと思う」

「家出?」

 あの穏やかな恋からは想像もつかない単語だ。思わずオウム返しに、俺も口にしてしまう。

「うん。恋って、絶対家に誘ってくれないんだ。行きたがっても、なんとなく話逸らされたりして。もしかすると立派な家で、厳しいのかなって思ってた。ほら、恋ってずっと敬語だし、礼儀正しいし」

 俺も同じように思っている。

「でも、違ってた。さっき電話した時に出たの、多分、恋のお父さんなんだけど……」

 一度緩んだ春湖の手に再び力が篭る。

「自分の子がいなくなったってのに、心配するどころか……どうでもいいとか、このまま、いなくなればいい、とか……」

 春湖の声が震えている。ぽたぽたと落ちたものが、土の色を濃くする。

「酷すぎるよ……家族なのに、どうして、あんな……」

 つい最近、家族の一人を失った春湖には、相当堪えたのだろう。俯いたまま顔を上げることが出来ずにいる春湖の、少し汗ばんでいる頭を撫でる。

「恋、いつも笑ってるから、今までちっとも気づいてあげられなかった……! たまに、恋が無理して笑ってるのもわかってたのに! あんなに酷い家にいたなんて……全然、気づけなかった……」

「……折倉、それなら俺も同罪だ。俺も、あいつの笑顔に不自然さを感じていながら、何もしなかった」

「古賀センパイ……恋、死ぬつもりじゃないよね……?」

 春湖が、涙で濡れた顔を上げて俺を見る。

「まだ家出と決まったわけじゃない。とにかく探そう」

 春湖は自分の制服の袖で涙を拭う。持っているままの鞄が振られて、くくりつけられている人形が揺れて鞄に当たり、止まる。

「闇雲に探しても仕方ないから、まずは通学路を手分けして探そう。久連木の家はどっちだ?」

「あっち。ここから十分くらいのところだと思う。前に恋がそう言ってた」

 春湖は、学校とは逆の方角を指さす。学校はここから十五分くらいだから、雪瑞公園は恋の通学路のやや中間点といったところか。

「お前はここから久連木の家の方を探してくれ。俺は学校までを探す」

「わかった」

 恋はもう半日いない。春湖の言う通り家出だとすると、遠くへ行くかもしれない。すでにこの辺にいない可能性もあるが、向かうだろう先が不明な以上、遠くは探せない。まずは近場からだ。春湖がすぐに納得してくれてよかった。なんて聞き分けがいい子なんだろう。

「あと、草加にも連絡して探させよう。今日は暇らしいから」

「草加センパイならすっ飛んで来そうだね」

「久連木が見つかったらすぐ連絡をくれ。見つからなければ、一時間後に雪瑞公園に集合だ。いいな?」

「うん。じゃあ、古賀センパイ、またあとで!」

 公園を出て行く春湖の後ろ姿を見送らず、俺は携帯電話を取り出す。

 他人のことでこんなに必死になって怒ったり泣いたり、感情を素直に表現出来る春湖はいい奴だ。今更ながら、そんな春湖を救うことが出来てよかったと、改めて思う。恋、お前はいい親友を持っているんだな。

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