第29話 どこに行ったんだ。
草加に電話した後、ショートカットしようと公園を突っ切ることにする。ジョギングしている人に混じって池の周りを走る。
「あれ? 古賀せんせーい!」
誰かに呼ばれたかもしれない。見たことのある誰かが、俺に向かって手を振っているかもしれない。でも外ではあまりその呼び方で呼ばないでほしい。
速度を徐々に緩める。笑顔で俺に手を振っているのは、遺体持参で来た積極的な依頼人・真野深月だ。あの日の疲労感が蘇った足で、急ぎ真野さんに近づく。
「……外で『先生』はやめてもらえますか」
「あっ、すみません。じゃあ、なんて呼べば……?」
「すみません、今、急いでいるので、また」
今は真野さんと呑気に話している場合ではない。歩みを止めることなく真野さんの横を走り抜けると、何故だか、真野さんがついてくる。
「待ってください! 呼び方を教えてくださいー」
俺の横にならんで走る真野さんに、焦りながら答える。
「古賀君でいいんじゃないですか? ちゃん付けさえしなければなんでもいいです」
「じゃ、じゃあ、古賀君で」
この人は、なんで高校生に君付けするだけでこんなに緊張した風なんだろう。
そんなことよりも、今は恋だ。
いや、丁度いい。こいつにも手伝ってもらおう。
「古賀君は、体力づくりですか?」
「いえ、人を探しているんです。俺の助手の恋なんですが、今朝から行方不明なんです。見かけませんでしたか?」
「えっ、恋ちゃんが?」
真野さんの表情が心配そうに歪む。
「真野さん、恋の顔は覚えていますか?」
「勿論です!」
「もし、お時間が許すのであれば、捜索を手伝ってはもらえな」
言葉も進路も遮って、真野さんが俺の前に出てくる。そのせいで、真野さんを下敷きにして転んでしまう。
「っ……急に前で立ち止まるなっ」
「いたた……すみません……」
真野さんの上から体を起こして、尻もちをついている真野さんに手を差し伸べる。
俺の手を取り立ち上がった真野さんが今度は、沈める勢いで俺の両肩に手を乗せた。
「是非、俺にも手伝わせてください!」
手伝ってくれるというのなら、これ以上咎めるのはやめよう。今はそんな些細なことにこだわっている場合ではない。
「真野さん、このあたりの地理はわかりますか?」
「はい! 任せてください!」
「俺は今、
「わ、わかりました!」
真野さんと別れて、走る。
入り込んだ住宅街には、主婦らしき女性や、散歩中のような年配の人たちがいる。彼らに恋を見かけなかったかを訊ねるも、欲しい情報は手に入らない。
恋は一体、どこに行ったんだ。まずは失踪の原因を絞り込むべきか。それによって行きそうな場所は変わる。
春湖は家出だと言ったが、俺はそうは思えない。もしそうなら、何故、今日だったのか、という疑問にぶち当たる。真面目な恋だ。わざわざテストの日に実行するだろうか。では、この失踪は恋の意思ではないことになる。
俺には、やはり誘拐かなにか、恋自身にはどうすることもできないことが原因に思えてならない。誘拐ではないにしても、何かの事件に巻き込まれている可能性だってある。事故の可能性もあるが、その場合まず
事件なんだとしたら、犯人の目的はなんだろうか。久連木家が裕福なら身代金目的の誘拐かもしれない。恋の父親らしき人物の態度が悪かったのは、誘拐犯に事件のことを口止めされているから、春湖を遠ざけるため、の可能性だってある。久連木家に行って父親らしき人物を問い詰めた方がいいだろうか。
いや、まだ誘拐と決まったわけじゃない。では、誘拐ではないとしたら、なんだ。
一番悪い想像が脳内に飛び込んでくる。
恋は既に殺害されているかもしれない。
まあ、まず、落ち着け。俺は犯人がいると仮定して思考している。犯人が恋を殺すに至る原因はあるのか。恋が誰かの恨みを買う、なんてことはあまり想像できない。ならば、事件に巻き込まれて口封じのために殺される、が妥当だろうか。
誘拐にしろ殺害にしろ、俺が犯人なら、人気のない場所や、使われていない倉庫とか、なにかそういう場所に恋を連れていく。
辺りを見回すが、この住宅街の中に、そんなところはないかもしれない。この住宅街は人通りが多い。誰にも見られずに一般住宅に連れ込むのは至難の業だろう。
そういえば、真野さんの住所はこのあたりだ。俺よりもあいつの方が詳しいに違いない。
立ち止まり、真野さんの連絡先に電話をかける。
『見つかりました?』
「いえ。真野さん、この辺りは詳しいんですか?」
『まあ、近所ですから』
「では、その近所に、人を監禁できそうな、近寄りがたいとか、人目につきにくそうだとか、立ち入りにくい場所とか、そういう所はありませんか?」
電話の向こうの真野さんが唸って考えている。
『ああ……ちょっと考えたくはないんですけど……』
「心当たりがあるんですか?」
『俺の家が、それに該当するかもしれません』
「はい?」
『あの、実は、俺が借りている一軒家、廃墟と呼ばれていまして……』
こいつ、そこに住んでいるんじゃないのか。
「よくわからないが、可能性のある場所はつぶしていきたい。憶えていないので、正確な住所を教えてください。すぐに向かいます」
真野さんから聞いた住所の家へと、駆け足で急ぐ。
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