第26話 今日は休み

  中間テスト最終日。

 最後の教科である英語の試験時間終了を告げるチャイムが校内に響いた。

 担当の教師が、集めた答案用紙をまとめて教室を出て行く。教室のドアが閉まった瞬間、室内は祭りの開幕のような明るい声に満たされた。

「お疲れちゃん……」

 草加くさかが俺の机までフラフラと歩いてくる。

「お疲れ。徹夜か?」

「うん……今日は恋ちゃんと春湖ちゃんと、仕方ないから理一も混ぜて打ち上げをした後、泥のように眠る予定を組んでる」

「俺、すぐ帰るからパス。お前だって、テストが終わったんだから今日から部活あるんじゃないのか?」

 部活の再開が楽しみだとか、かったるいだとか言いながら教室を出て行く生徒が、ちらほら見受けられる。

「バスケ部は今日まで休みなんだよ。バレー部がうちの体育館で練習試合するってんで、今日は全面譲ったんだとさ」

 体育館の使用権を巡る、運動部の抗争はなかなかシビアそうだ。

「体育館が使えないからやりたい奴だけ自主練やれば、みてーな」

「じゃあお前もやれば?」

「オレは明日から頑張る。というわけで恋ちゃんと春湖ちゃん誘って一人でいい思いしてくるもんねー! 理一のばーか!」

「…………」

 誰もが思いそうなことを言っただけなのに、何故馬鹿呼ばわりまでされなければならないんだろう。人間は不可解だ。それに比べて屍蝋はいいな。不可解で俺を不安にさせることがない。

 帰ったらあかりの屍蝋を重石から解放してやらないとな。遺体を屍蝋液につけっぱなしにするために、俺が不在の時や寝ている間は遺体の上に板を置いて重石をしている。でも、その時間が長いと板と接している面が平面的になりかねないから、ずっと人の手で絶えず沈めてやるのが一番だ。早く帰って処置をしてやらないと、完璧な屍蝋にはならないかもしれない。

 屍蝋のことを考えながら、脱いだ上履きを下駄箱に入れる。外靴を取り出そうとすると、真横からタックルを食らった。なんということだ。俺の靴達が離れ離れになってしまった。

「部活あるからって春湖ちゃんに断られたー!」

「……へぇ。あいつ、何部なんだ?」

 散らばった靴を集めながら考えてみる。バレー部かバドミントン部っぽいな。上下関係をあまり気にしない性格は文化系ともいえなくはないから、意表をついて新聞部とか、放送部なんかもありそうだ。

「白い道着が眩しい柔道部でした……」

「よかったな、白衣の天使じゃないか」

「うん」

久連木くれこは?」

「今日は休みだ、って春湖ちゃんが言ってた。テストを休むなんて、すげー具合悪いのかな……」

「そうか、休みなのか……」

 今日は俺一人で灯の処置に取り掛かるということか。前は一人でやることが当たり前だったのに、いつの間にか恋と二人で屍蝋部屋にいることが当たり前になっていた。助手だからといって少し荒く遣いすぎだろうか。まさか、その疲れが出て今日休み、なんてことは。

「なんでお前が眉間に皺寄せてんの? それ、愛しの恋ちゃんが心配なオレの表情じゃない?」

「いや……風邪、じゃないとか、とてつもない体調不良だったら心配だろ」

 ましてや、俺のせいだったりした日には、申し訳ない思いで俺が寝込みたい。

「オレも心配だけどさ、休みの連絡はないらしくて。なんで休んでんのかはわかんねーんだと」

 なんということだ。そんなに、学校への連絡もままならないほど重症なんだろうか。

「心配だからお見舞いに行こうと思って、春湖ちゃんに家の場所聞いたんだけどさ。教えてくれなかった」

「そりゃ、勝手に人の家の住所教えたらまずいだろ」

「そうじゃなくて。なんか、恋ちゃん、家に来られるの嫌がるっていうか。春湖ちゃんでも恋ちゃんの家に行ったことないって言ってた」

 それは変な話だ。いつも一緒にいる印象の春湖と恋だから、かなり仲はいいのだろう。俗に言う親友というやつなんだと思う。

「あんなに仲良く見えるのに、そんなこともあるんだな」

「オレもそろそろ理一の家に行ってみたいなぁ。今日とか、行ってみたいなぁ」

 眼球だけを動かして、チラチラとこっちを見てくる草加に言ってやりたい。俺達はそんなに仲良くないぞ、と。

「また今度な。今日は用事があるから駄目だ」

「ええー……? はっ! まさか、彼女とデート?!」

 勝手にショックを受けている草加を置いて、学校を出る。

 草加は鬱陶しいこともあるが、明るくていい奴だ。友達も多い。それなのに、友達が特にいない俺なんかによく絡んでくる。あれ……もしかして、俺、同情されてんのかな。

 草加のことを考えていたのはそれくらいで、その後は屍蝋のことを考えながら帰路についた。

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