第25話 楽しい夕餉
そして俺は今、居間にいる。
「りーちゃん、聞いてる? こういう時は誘ってくれなきゃだめでしょー」
大人のクセに頬を膨らませた
「ぷー。恋ちゃんの手料理なんておいしいイベントを独り占めか! 乃亜ちゃんに言いつけてやる!」
「ちょ、咲嘉さん、やめてください! お願いだから!」
乃亜にはさっき言い訳してきたところなんだ。マジでやめてくれ。
「古賀先生がこんなに焦るなんて珍しいですね」
キッチンからの楽しそうな声に、咲嘉さんが飛び跳ねる。
「でしょでしょ? 面白いでしょ。りーちゃんって、乃亜ちゃんのことになると、いじりがいがある子になるんだよねぇ。弱みとしてどんどん使ってねー」
使うな。やめろ。
不穏なことを恋にすすめる咲嘉さんを、無言で睨む。
悪い顔で笑っていた咲嘉さんが、思い出したかのように頬を膨らませる。
「りーちゃんが悪いんだからね。ちょっと様子見ようと思って来たら、これだよ……お姉さんを楽しい夕餉に呼んでくれないなんて、私が放任主義だからそんな子に育ってしまったの?!」
「いえ、俺、咲嘉さんに育てられた覚えはありません。結局はこうして誘ったんだから、もういいじゃないですか。そんなことより、依頼人にきちんと俺のことも説明しておいてください」
「ああ、
もういい大人だというのに、咲嘉さんにちゃん付で呼ばれている真野に、少し同情する。
「変な人だということはわかりました。じゃなくて、面白いとかどうでもいいですから、必要最低限の説明はしておいてください。こっちで話が進まなくて俺が困るので」
咲嘉さんはあからさまに肩を落とす。
「はぁ……りーちゃんって私には冷たいよね。冷凍死体なみ。ちょーコールド。私ね、遺体じゃないから心が痛い」
「ぷふっ」
今、誰か笑った。
恋が、綺麗な形のだし巻き玉子をテーブルの上に置く。その手が震えていた。
「……今の、面白かったのか……?」
「す、すみませ……っ、あっ」
口元を手で覆っている恋のもう片方の手が、箸を床に落とす。拾おうと屈んだ恋の肩が震えている。すみません、ともう一度言う声も震えている。
そこまで面白かったのだろうか。いつも落ち着いている恋が動じるポイントが、あんなギャグだなんて知りたくなかった。
「えっ、ウケた? やっぱり恋ちゃんはいい子だなぁ」
恋はいい子じゃない。感性が壊れている子だ。
「咲嘉さん、調子に乗るのはやめてください。俺はあんなギャグ、聞きたくありませんから」
「ええー? りーちゃんも我慢しないで笑っていいのにー」
笑ってくれる人間が現れ、咲嘉さんはにこにこと上機嫌だ。
恋は三度目のすみませんを残し、キッチンへ消えて行った。
「いただきます」
味噌汁のお椀に伸ばした俺の手が、咲嘉さんに叩かれる。
「……なんのつもりですか」
「それはこっちのセリフだよ。恋ちゃんが丹精込めて作ってくれた食事をね、本人抜きでいただこうなんてダメ、絶対。恋ちゃんが食べ終わってから、りーちゃんが食べ始めてもいいんじゃないかなぁ」
「それ、なんの虐待ですか……」
たしかに、恋が用意してくれたものだ。ただ出来るのを待っていただけの俺が先に食べるのは良くない。
「わかりました。恋が来てからにします」
恋はまだ戻って来ない。いつまで笑うんだ、あいつ。テーブルの上には全てがそろっている。ふっくらと白く艶やかなごはん、目に優しい新緑色のネギと屍蝋色の豆腐が沈んだ味噌汁、鮮やかな赤にさりげなく添えられた茶色い焦げ目がアクセントの銀ガレイみりん漬け、そしてふわふわ且つジューシーな食感を思わせる断面のだし巻き玉子のラインナップだ。なんだ、この生殺し状態は。空腹は人を狂わせるんだぞ。
「おーい、恋ー……俺、死体じゃないから早く食事したいんだけどー」
恋が席に着いたのは、それから三分後だった。
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