第24話 これが修羅場というやつか
翌日、春湖は真面目にわからないところをまとめてきた。図書室で春湖の面倒を見たあと、恋を家に呼び出す。
「テスト期間中なのに今日も悪いな。今日も勉強しながらでいいから」
「屍蝋液に漬けている一週間が重要なんですよね」
テスト期間と灯の屍蝋作製時期が、見事に重なってしまった。しかし遺体を放置することなんて絶対に出来ない。
水槽の中の
恋はいつも笑っている。はじめは穏やかな性格だからだと思っていた。しかし、恋と関わっていくうちに、その不自然さに気づき出した。恋が笑っているのはいつでも、だ。楽しそうな時も、普通そうな時も、嫌そうな時も、全部だ。これはおかしい。喜怒哀楽の喜しか持っていない人間などいるわけがない。だから思う。こいつの笑顔はほとんど嘘なんじゃないか、と。
「近頃、
「あの人は社会人で普通に仕事してるから、滅多に来ないぞ。この前が珍しかったんだ」
「そうなんですか? いつもいる感じに見えました」
「そういう人なんだろ。それより、もう
「嫌なんですか?」
「嫌だろ」
なかなか咲嘉さんの話題が切れない。部屋の隅に、遠慮がちに立てかけられている恋の学生鞄に目をやる。女子高生らしく、動物の小さな人形がぶら下がっている。春湖とおそろいなんだよな。
さっきまで春湖に問題を出していたことを思い出す。唸りながら答えを探していた春湖は、なんだか放っておけない後輩だ。恋は、俺が構わなくても問題はなさそうだが。
「恋、問題出してやろうか?」
「大丈夫です。古賀先生も自分の勉強がありますよね。交代してもらっている間に重点的にやります」
「そうか」
恋なら普段から復習をきちんとやっていそうだ。今更勉強を焦る必要もないのかもしれない。
「私も気になっていることがあるのですが、よろしいですか?」
「なんだ?」
屍蝋についてのことならなんでもきいてほしい。
「古賀先生は自炊しないんですか?」
頭の中になかった質問で、すぐに意味を理解できない。
「……は……?」
「すみません。いつも、キッチンの隅にコンビニ弁当の容器があるのが目に入ってしまって……」
毎日のようにお茶を淹れてもらってるんだから、そりゃ、目につくよな。
「やりたくないからやらない。以上」
「出来ないわけではないんですね」
「簡単なものなら出来るけど、まあ、料理を作るのは好きじゃないしな。こんなに便利なものが巷にあふれているのに、わざわざしたくもない苦労をする意味がわからん」
胸を張って、料理しない宣言をする。
「あの……もし、よろしければなんですけど……」
「ん?」
珍しく、恋が緊張気味に言い淀んでいる。何事だろう。
「私に、作らせていただけませんか……?」
「料理を?」
「はい」
こういう時、俺は何を考えたらいいんだろう。後輩の女の子が俺の家で手料理を振舞ってくれると言っている。しかし俺には乃亜という恋人がいる。しかも今ここにいる。これが修羅場というやつか。
「古賀先生? 嫌でしたら遠慮なく言ってください」
「待て。誰も嫌だなんて言ってない。とりあえず上に行こう」
乃亜、すまない。お前なら、俺の体のためだと思ってくれると信じている。
「よし、ここなら大丈夫だ」
何が大丈夫なのか、さっぱりわかっていない恋の笑顔が傾く。
「食べたいものはありますか?」
「なんでも作れるのか?」
「普通のものなら」
腕を組んで真剣に考える。
「じゃあ、だし巻き玉子」
「和食ですね。買い物に行ってきますので、その間黛さんをお願いします」
「おう。任せろ」
恋が玄関を出て行く。俺は地下室に戻った。
「乃亜……これは浮気とかそういうんじゃないからな。恋は助手なんだから、雑用をするのは当然だろ? 料理だって雑事の内だよな?」
乃亜に話しかけながら、灯が沈む水槽に向かう。そういえば、乃亜は料理が苦手だった。
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