第22話 協力してくれ
「……なんか……疲れたな」
「お疲れ様です。変わった方でしたね」
偏見だが、真野さんは芸術家だし変な奴なんだろう。
「でも、人は良さそうです」
「そうだな」
あれで悪人だったら、依頼は断っていたかもしれない。
恋が淹れ直してくれた熱い茶を飲み干し、リビングの床に置かれている棺に視線を送る。
「恋、早速取り掛かるぞ」
「はい。よろしくお願いします、古賀先生」
授業が終わりすぐさま帰宅しようとしていた俺の肩に、
「理一ー、どっか寄って帰ろうぜー」
重い腕を丁寧に避ける。
「テスト期間中は真っ直ぐ家に帰って勉強しなきゃ駄目だろ」
「ええ~? 理一、真面目! そういうのは先生に言われるだけで十分なんだって。学生は遊ばなくてどーするんだよ」
「勉強するんだろ」
草加を無視して帰ろうと、廊下に出る。
「せっかく部活休みなんだから遊びてーじゃん」
「中間テストがあるから部活が休みなんだろ。遊ぶために休みなわけじゃないだろ」
「理一の意地悪! そんな正論ばっかり言ったって、オレの熱い魂は抑えきれないぜ!」
抑えきれなきゃ飛び出して死ぬ、って捉えてもいいかな。俺、お前の屍蝋は作りたくない。
「大体な、真っ直ぐ家に帰って勉強しろって学校の決まりごとなんだから、外で遊んでるところなんか先生に見つかってみろ。面倒なことにしかならない」
「ええ~? いーじゃん! 女子からお断りをいただいた俺をなぐさめられるのはお前だけなんだよ~」
いつにも増して遊ぼう攻撃がくどいと思ったら、勝手にどこかでフラれていたらしい。そうだな。草加が夢中の久連木は数日間屍蝋作りとテスト勉強で忙しい。断りもするだろう。
「久連木に断られたのか?」
「え? いんや。となりのクラスの川島ちゃん」
誰だか知らない奴だったし、こいつ、恋に夢中なんじゃなかったっけ。
「……もしかして、久連木にはすでにフラれたのか……?」
「そんなわけねーだろ? 俺、恋ちゃんにはマジで本気だから、まだ告白とかそーいう段階じゃねーもん。あ、そーだ、理一」
「いやだ」
なにを言われるかわからないなりに、嫌な予感だけが働いて先に返事をしてしまった。
「まあ、まず聞けって。聞いてから断ったっていいだろー?」
「なんか面倒だから聞くのすら断る」
「嘘?! ひどすぎねー?!」
「酷くない。俺が嫌がっているのに無理矢理聞かせようとしているお前の方が酷い」
「恋ちゃんと仲良くなれるように協力してくれ」
信じられない。俺があそこまで言ったのに全無視して言いやがった。
「草加……お前、よくそんなことを俺に頼めるな。俺がそんなに気の利いたことが出来る人間だと思ってるのか? 思ってないだろ?」
「え? 思ってるよ。理一、最初は嫌がるけど、いっつも結局はなんとかしてくれるじゃん。頼りにしてるぜ、親友!」
謎に強い力で肩を叩かれた。頼られていたと知って、ちょっと照れくさくなって草加から顔を背ける。
「はぁ……わかったから、今日はさっさと帰るぞ」
「おう!」
玄関は、一斉に帰宅しようとする生徒でまだごった返している。ため息をつきながら下駄箱前の人が減るのを待つ。
「あ! 古賀センパイ! と草加センパイ」
俺達と同じように下駄箱を眺めていたらしき春湖が、元気よく手を振りながら走ってくる。春湖の後ろから、恋が落ち着いて歩いてくる。
「春湖ちゃんさ、今、オレのこと付け足しみたいに言わなかった?」
「言ってないよ。そんなことより古賀センパイ! 図書室行こうよ」
「よし、行こう」
春湖について行こうとすると、草加に止められる。
「ちょ、ちょいちょい待ったー!」
「待たない。行くぞ」
「なんで?! さっき真っ直ぐ家に帰って勉強しろ、ってオレに言った理一はどこに?!」
うるさい草加には答えず、念のため春湖に確認をとる。
「勉強しに行くんだろ?」
「うん。古賀センパイ、頭良さそうだから教えてもらおうと思って」
「春湖ちゃん……残念だけど、理一はこう見えて勉強出来ないんだよ」
「嘘でしょ……?」
春湖は信じられないものを見る目を俺に向ける。その目を真っ直ぐに見つめ返すと、春湖の頬が少し赤らんだ気がした。
「初めに言っておく。国語と社会科は俺に頼ってはならない」
「なんだ。じゃあ問題ないや。教えてほしいの数学だもん」
「古賀先輩、今日はキリストの真似ですか?」
また恋からツッコミが入ってしまった。ところが、俺と草加はどの辺りがキリストなのかわからない。本当は草加がどうかは知らないが、俺がわからないんだから草加にもわからないに違いない。
ところが、草加から信じがたい言葉がすらすらと発せられる。
「おっ、ほんとだ。今の理一、ちょーキリストっぽかった! 『初めに言っておく』って聖書によく出てくるもんな」
先行する俺と春湖の後ろで、草加と恋は聖書の話に花を咲かせている。そういえば、草加はキリスト教の小学校に通っていた、と聞いたことがあったかもしれない。
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