第23話 おろそい
図書室に着くと、下駄箱前よりはいくらかましなものの、ここも人で溢れている。
空いている席を探して座り、鞄を床に置く。
俺のとなりに春湖、正面に
草加が春湖と恋の鞄を交互に見ている。普通の学生鞄に変わったところでも発見したんだろうか。
「それ、昨日までなかったよね?」
草加は恋の鞄を見ながら言う。その視線の先を追うと、鞄に付けられた小さな人形に行き当たる。春湖の鞄にも同じものがついている。
「それね、昨日恋とおそろいでとったんだぁ」
嬉しそうに言う春湖だが、とった、ってなんだ。こいつ、盗みを自慢しているのか。
俺の不安に答えるように、恋が口を開く。
「春湖はクレーンゲームが得意なんです」
なんだ、ゲームの景品か。
草加が人形をじっと見つめている。
何かの動物の人形だと思うが、よくわからない。もぐらのようなねずみのような、俺にはわからない動物だ。可愛さもわからない。草加は、あんなものが好きなんだろうか。
「いいなぁ……おそろい……」
草加は恋とおそろいの何かが欲しいらしい。
「草加センパイにはあげないよ。非売品なんだから」
にこにこしながら教科書とノートを取り出す春湖の方に、顔だけを向ける。
「何がわからないんだ?」
「今一番知りたいのは、古賀センパイに彼女がいるか、ってことかな」
「いる。で、次にわからない数学の箇所は?」
「えっ?! いる?!」
周辺で集中していた生徒達の視線が、俺達に一斉に突き刺さる。誰かに注意される前に、俺が春湖の頭に軽いチョップをお見舞いする。
「図書室では静かに」
「う……ごめんなさい」
「えっ、オレも初耳なんだけど。お前、彼女いたの?」
草加も、どうでもいい俺の話に乗ってきやがった。事情を知っている恋だけが話に加わらず、薄く微笑んで勉強している。随分と楽しそうに勉強する奴だな。
「俺のことより数学だ、数学。範囲はどこだ?」
広がっている教科書を覗き込もうとすると、何故か春湖の両手によって隠される。
「古賀センパイの彼女問題が解けてないから、数学に移れなーい」
「そーだそーだ」
「彼女がいる、ってのは問題じゃない。解の方だ。わかったら、どの問題がわからないのかさっさと教えろ」
「彼女がどこの誰なのか知りたーい」
「オレも知りたーい」
「…………」
こいつら、はじめから勉強する気なんてさらさらないな。少しは恋を見習え。あんなに楽しそうに勉強してるんだぞ。すぐそばでこんな低俗な話題で騒いでいる人間がいるってのに、集中して……すごいな。なんでこの状況で集中出来るんだろう。これは、恋に申し訳ない。
「帰る」
「えっ、古賀センパイ、待って」
唐突に席を立った俺に、見捨てられて不安そうな顔の春湖がついて来る。
「
ぽん、と春湖の頭に手を乗せる。春湖は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「……うん、わかった。約束だよ」
「ああ。帰ってちゃんと勉強しろよ」
図書室の前で、手を振って走っていく春湖と別れる。草加と恋がついてきた気配はない。まだしばらく図書室にいるつもりなのかもしれない。
夕方、家に慌ててやって来た恋と、屍蝋液の作業を進める。ふたりともがノート片手に作業をし、これまでにないほど静かな日だった。
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