第20話 このままの姿じゃないと意味がない

 玄関へ行き、ドアスコープから外の様子を確認する。勧誘員にしては妙にそわそわと落ち着かない様子の綺麗な顔がある。十代後半くらい……大学生だろうか。チェーンを掛けたまま、ドアを少し開ける。

「どちら様ですか?」

「あっ、古賀こが理一りいちという方を訪ねて来たのですがっ」

「……俺です」

「えっ」

 ぱっと見、女に見える顔をした男は、驚いたまま固まる。俺も、男の声を聞くまでは女だと思っていたから、少し驚いている。

「何の用ですか?」

「えっ、本当に、古賀理一さん……?」

「表札見てないんですか?」

「いえっ、見ました! 見たんですけど……まさか、こんなに若いとは、微塵も思わなくて……」

「で、何の用ですか?」

 驚きのためか呆けていた男の背筋が、ぴっと伸びた。

「あっ、すみませっ、思っていた外見と全然違ったもので、つい……。安芸あきさんからの紹介で、ここに来れば相談に乗ってくれるって……」

 咲嘉さくかさんからの紹介、ということは屍蝋がらみの話だろう。そうならそうで、きちんと俺が高校生であることも伝えておいてほしい。咲嘉さんはこういうところもきっちり面白がる人だから厄介だ。

 チェーンを外してドアを開ける。

「話は中で聞きます」

「は、はい……失礼します」

 男はおどおどした様子で俺の家に足を踏み入れた。


れん、客だ」

「はい。いらっしゃいませ」

 リビングでおとなしく待っていた恋が立ち上がり、キッチンへ移動する。

恋が座っていた椅子を男にすすめる。男は椅子に座りながら、恋に向けた目を微動だにさせない。

「あの子は……?」

「俺の助手です」

「じょ、助手? 随分幼く見えますけど」

「俺と同じ高校生ですよ」

「高校生?! せ、先生も?」

 驚愕しかしない男に、つい苦笑いが漏れる。

「こんな若造が処置に当たるなんて、不安ですよね」

「あっ、いえ、そんなつもりでは……」

 恋がお茶を運んで来た。僅かな音しか立てずに、湯気が立つ二つの湯呑をテーブルの上に置く。恋は、いつもの顔で客に微笑んだ。

「どうぞ。熱いのでお気をつけください」

「ど、どうも……」

 恋に顔を赤らめる男に警戒しながら、書類を机の上に出す。

「まず、お名前を伺いましょうか」

真野まの深月みつきと言います」

 恋が、どういう漢字かを訊ねながら、ノートに真野さんの名前を記す。

 リビングに入った時からずっと、目を見開いて恋を見つめ続けている男に、咳払いをする。

 真野さんが慌てて、俺の目を見た。

「真野さんは、本日はどのような用件で?」

「今日は古賀先生にお願いしたいことがあって来ました」

 頷いて話の先を促す。

「是非とも、古賀先生に屍蝋にしていただきたい遺体がいるんです」

「屍蝋の作製及び管理は、死体遺棄罪や軽犯罪法に抵触する違法行為です。ご存知ですか」

「はい。十分わかっています。でも、古賀先生ならやってくれるって……」

「真野さんはそれを承知で依頼に来た、と。一体どのような理由で屍蝋にしたい遺体なんですか?」

 俺はこれまで、咲嘉さんからの依頼で屍蝋を作ってきた。それがどういう経緯の死体で、なんのために屍蝋にするのかを訊ねたことはない。乃亜を完璧な屍蝋にするための勉強と、生活費を稼ぐためにやっていることだ。

 けれど、春湖の依頼を終えた後で決めたことがひとつある。

 屍蝋葬を、困ってどうしようもない人のためにやる。

 本来、社会的には許されていない行為だ。軽い気持ちでほいほいとやっていいことではない。だから、依頼は選ばなくてはならない。内容をきちんと精査した上で、依頼は受けるべきだ。

 真野さんは思いつめた表情で、膝の上の手を握り締める。

「彼女、天涯孤独なんです。亡くなっても、弔ってくれる家族も兄弟もいなくて……」

「普通に埋葬してあげればいいじゃないですか。別に屍蝋にしなくても」

「火葬したくないんです!!」

 身を乗り出して訴えてくる真野さんに面食らう。

「灯は……彼女、黛灯というんですが……生前は親しい人もあまりいなくて、だから、誰も灯を覚えていてくれないかもしれなくて、火葬をするのは駄目で……」

 真野さんの言いたいことがよくわからない。宗教的な理由で火葬出来ないということだろうか。そうであれば、わざわざ俺のところに来る必要はない。

「火葬が出来ないのなら、水葬や樹木葬なんてのもありますよ」

「このままの姿じゃないと意味がない! どうしてもこのまま、傍に置いておきたいんだ!」

「どういうことですか?」

 真野さんは感情的になって、俺に伝わる言葉を見つけられずにいる。親しい人の死に、まだ動揺したままなのかもしれない。

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