第18話 乃亜はどう思う
微動だにせずソファに座っている乃亜のとなりに腰を下ろす。白に近いアイボリーのカバーと同じ色の乃亜の顔はいつも同じだ。変わることはない。薄い体の胸を、呼吸で上下させることもない。
ソファと同じ温度の、乃亜の肩に腕を回した。
「梨夏がいなくなったら寂しいか?」
乃亜からは何も返ってこない。
「でも、梨夏は春湖のものだから、譲ってあげなきゃな。梨夏は、もともとそういう約束でここに来たんだから」
返事をしない乃亜の髪に、頬を寄せる。
「春湖、すげー喜んでくれたんだ。……これまで死ぬほど研究した甲斐があった。やっぱり屍蝋はあんなに喜んでもらえるものなんだよ。だからな……これからもそれを活かしたいんだ」
乃亜の、艶が失われた髪にそっと触れる。昨日よりもパサついているな。あとで保湿しておこう。
「俺や春湖と同じ思いをしている人は、これからもきっと現れる。その人たちを救いたいって思うんだ。咲嘉さんに頼まれて経緯も何も知らずに作ってきたこれまでの屍蝋じゃなくて、俺が助けたいと思った人のための屍蝋作りをさ、していきたいんだ」
乃亜は何も言わない。開かれることのない瞳も、俺を見ない。それでも、こうして触れることは出来る。
「お前がいる俺は、こんなに幸せだからな」
返事をしてくれなくても、俺を見てくれなくても、乃亜はここにいる。こうして俺のとなりにいてくれている。
「乃亜はどう思う? 稼ぐためだけじゃなくて、誰かのために屍蝋を作ること。俺がそんなことをするなんて、変だって思うか?」
温度も弾力もない乃亜の体を、壊れないようにそっと抱きしめる。乃亜の腕は力なく下がったまま、俺を抱き返してくることはない。
夢を見ている。
ひどいどしゃぶりの雨の中で、俺の傘はどこにもない。
遠くから聞こえてくる救急車のサイレンが嫌にうるさくて、耳を塞ぎたい。
でも、俺の両手はすで塞がっている。地面に寝そべる彼女の曲がった手を握り締めている。
乃亜は目を閉じて眠っている。起きていないのだから、乃亜の手は冷たい。
急に現れた白い服を着た人たちが、俺から乃亜を取り上げる。
やめろ。
乃亜を返してくれ。
乃亜は、俺の恋人なんだ。
手を伸ばしても、届かない。
もうどこにも、何にも届かない。
降りしきる雨にさえ、手は触れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます