第10話 貸してあげればいーんじゃない?

 翌日、授業が終わり、急ぎ帰宅する。

 インターホンが鳴ったのは、それからすぐのことだった。

「りーちゃーん! あーけーてー!」

 インターホンを鳴らして尚、俺を呼ぶ声がする。なんのためのインターホンだと思っているんだか。

「はいはい、今開けます」

 玄関ドアの取っ手に手をかけて押すと、ゴンっとなにかにぶつかる衝撃がある。半開き状態のドアから顔を出して見ると、額を押さえた咲嘉さくかさんが笑っていた。

「りーちゃん、痛い」

「すみません」

 今開けますと言ったんだから、ドアが開くことくらい予測できたはずだ。そもそもなんでそんなにドアの近くに立っていたんだ。

 言いたいことを全部飲み込む。聞いたって、どうせろくでもない理由だろう。もしくは理由なんか存在しない。

「梨夏ちゃん連れてきたから、家に運ぶの手伝ってー」

 咲嘉さんと一緒に外に出て、ワゴン車の中の大きなダンボール箱を下ろす。

「りーちゃんは足の方持ってねー。頭を守るのは大人の役目だから」

 とかなんとか、さっぱりわけのわからないことを得意げに言う咲嘉さんと、ダンボール箱を家の中に運び入れる。地下への階段でも、咲嘉さんは同じことを言って後ろ向きに先行してくれる。

「落とさないように気をつけてね」

「はい」

 二人で、ゆっくりと慎重にダンボール箱を持って階段を下る。

「まあ、落としても、遺体は痛いって言わないけど」

 乃亜の時にも、『遺体はここに居たいとは言わないから』と言う言葉を聞かされたことを、思い出す。

「ちょい、りーちゃん! 急に力抜かないでよー」

 咲嘉さんから抗議の声がかかるが、力が抜けたのは誰のせいだと思ってるんだか。


 地下室について、ダンボール箱を冷たい床に下ろす。

「よいしょっと。りーちゃん、流石は男の子だぁ。ご苦労様です」

 咲嘉さんがにこにこしながら、壁際の椅子に腰を下ろす。

「……なにしてるんですか?」

「えー? 見学」

 遺体搬入後は速やかに帰って行く手筈の咲嘉さんが、このままここにいるらしい。

「だめ?」

「俺は構いませんが、咲嘉さん、仕事は大丈夫なんですか?」

「うん。今日お休みになったからダイジョーブ」

 咲嘉さんは俺にむかって、ピースプラス薬指を立てる。

「……なんですかそれ。流行っているんですか?」

 俺が通う雪瑞ゆきみず第二高等学校では間違いなく流行っていない。

「ふふふー、私ね、今日から三連休なの」

 死ぬほどどうでもいい情報に、棒読みイントネーションを披露してしまう。

「ソウデスカヨカッタデスネ」

 さっさと準備しよう、とダンボール箱に手をかけた時、今日二回目のインターホンが鳴る。

 来たか。

 階段を上がってリビングを抜け、玄関に向かう。ドアを開けると、さっきとは違ってすんなり開いた。いや、普通はすんなり開くものだよな。

「古賀先輩、こんにちは」

 久連木くれこの落ち着き払った微笑みが、何かすごくありがたいものに思えてくる。

「上がってくれ」

「はい」

 玄関で靴を脱いできちんとそろえる久連木を、見守る。

 ここで、ある重大なことに気がついた。

「あっ、お前、制服で来たのか」

「学校から真っ直ぐ来たので」

 言わなかった俺が悪いのだが、どうしたものか。

「りーちゃんの服貸してあげればいーんじゃない?」

 突如背後からした声に驚いて振り向く。いつの間にかホールに来ていた咲嘉さんが楽しそうに笑っている。

「驚かせないでくださいよ。いつからいたんですか」

「はじめからだよー。気づかないなんて、やだなぁ」

 嘘だ。はじめからいたのなら久連木が気づくに決まっている。

「古賀先輩……いつか背後から刺されないか心配です」

「俺、別に誰かの恨み買ったりしてないぞ。じゃなくて、お前もなんか言えよ」

 久連木め。咲嘉さんに気づいていながらなんの反応も示さないとは何事だ。

「古賀先輩が自宅に女の人を連れ込んでいても、私は何かを言う立場ではありませんので」

「いや、いやいや! この人はそういうんじゃないぞ!」

 咲嘉さんとただならぬ関係だと勘違いされるのは嫌だ。俺には乃亜がいるというのに。

「りーちゃん、ひどいー。私以外にも家に上げるような女の子がいたなんてー」

 咲嘉さんは面白がっているのか、話をかき回そうとしているんだと思う。ただ、意図的なのか全力なのか、演技が下手すぎて不自然さしかない。

「やめてください。こいつもそういうのじゃありませんから」

「はい。私は古賀先輩の後輩で、久連木恋と言います」

 久連木は恐ろしいほど冷静に自己紹介をした。草加の時もそうだったが、やっぱりこいつすごいな。

「恋ちゃんかぁ。安芸あき咲嘉さくかです。よろしくねー」

 咲嘉さんが久連木に握手を求め、久連木も自然に応じている。

「久連木、かまわなくていいから。行くぞ」

 このまま玄関で立ち話をしていても埒があかない。咲嘉さんを押してリビングに戻ると、久連木も俺達について来た。



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