第8話 俺の負けだ。

 心臓が跳ねた。

 薄い笑みを浮かべた久連木くれこが小首を傾げている。

古賀こが先輩の家は、葬儀屋さんなんですか?」

「……あー……違う、な」

 しまった。久連木に、咲嘉さくかさんとの会話を聞かれていたようだ。

 嘘をつくのは苦手だ。うまく誤魔化す言葉を持たずに狼狽えてしまう。

「まあ、なんだ。知り合いに葬儀屋がいるんだ。うん」

 嘘ではない。

「そうでしたか。でも、葬儀屋さんならもう他に決めていると思います」

 なんでこいつは、こうも重箱の隅をつついてくるんだろう。しかも笑顔で。

「そ、そんなことより、お前、家に帰ったんじゃなかったのか?」

「私は草加先輩ほど、古賀先輩のことを知っているわけではありませんから。だから教えてくださいませんか。春湖と、なにを話していたんですか」

 俺だって久連木のことを大して知らないんだから、久連木も俺のことを知らないのは当然だ。でも久連木が言いたいのはそんな言葉通りの当たり前のことじゃない。

 久連木はおとなしくて、誰かの影に隠れながら周囲に流されるままの消極的な子らしい外見をしている。そんな奴がたった今、先輩の俺に臆すことなく、俺を信用していないとはっきり言っている。

「……古賀先輩には、春湖が大丈夫そうに見えましたか」

 これは、まいった。やはりこの久連木恋という少女は、儚げで優しそうな第一印象を裏切る、厳しい性格の持ち主だ。久連木の微笑みと、尋問を感じさせる言葉がうまく噛み合っていない。こんなの外見詐欺だ。

「ああ、大丈夫だ。お前だって大丈夫だと思ったから帰ったんだろ?」

 こんな誤魔化しで勘弁してくれるとは思えないが、久連木は微笑んだままだ。

「私がそう思えなかったから、こうして戻ってきて確認しているんです。はぐらかさないで教えてください。古賀先輩は春湖になにか話したいことがあったんじゃないですか? だから私と一緒にここに来た。違いますか?」

 どうしても言えないで黙り込んでいる俺を、久連木は変わらない微笑みでじっと待っている。

 お互い無言の数分を経て、久連木の顔から笑みが消えた。

 出会ってからこれまでずっと微笑んでいた久連木が、はじめて素の顔を見せてくれた気がした。

「春湖はいつも通りでしたが、やっぱりとても落ち込んでいて、それから、少しおかしかったんです」

 多分、気づいていなかったのは草加だけだ。

「私はどうしても、いつも通りの春湖に戻ってほしいんです。でも、私にはどうすることも出来なくて……きっと、梨夏ちゃんが生き返らないと駄目なんです。でもそんなこと、絶対に無理です。亡くなった人は戻ってきません」

 泣き出すのを堪えるように、喉をつまらせて、久連木は思いを吐露していく。

「私が何を言っても、春湖には聴こえません。私には、何も出来ないんです。大切な友人なのに、何もしてあげられないんです。明るい春湖に、いつも元気をもらって、いつも助けられてきたのに、私は、春湖のためには何も出来ないんだって思ったら苦しくて……私も、春湖の力になりたいんです。春湖を、救いたいんです」

 しっかりと力を込めて発せられた最後の一言に、救いを求める色が見えた。それでようやく気づいた。春湖と同様、久連木も俺に救いを求めているんだ、と。

 多分、久連木は俺が信用できる人間かどうか図りたかったわけではない。俺が春湖を救う方法を持っているのなら、それを知りたいんだ。自分に何か出来ることがないか、それを知りたがっている。大切な友人を救いたい一心で。

 俺の負けだ。

 不愛想な先輩に、たったひとりで挑んだ覚悟の勝利だ。

「……これから話すことは法に触れる内容だ。絶対に口外するな。いいか?」

 想定済みだったのか、表情を動かすことなく、久連木が頷く。

「古賀先輩、私が春湖を助けたいと思ったんです。だから、古賀先輩の言うことには絶対に従いますし、万が一何かあっても私の責任は私ひとりでとります。古賀先輩にご迷惑はおかけしません」

 俺の迷いを感じ取ったのか、久連木が先にフォローを入れてきた。

 一連のやりとりで十分理解した。久連木は、この件からは決して手を引かない。なら、もう気の済むように巻き込んでやる。

「こんなところじゃなんだから俺の家に来てくれ」

 久連木は二つ返事で俺について来た。


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