第7話 遺体の運び出しをお願いしてもいいですか?

 折倉おりくら家を出ると、草加くさか久連木くれこが俺を待っていた。

「あっ、理一りいち! おせーよ! 何してたんだ?」

「悪い。こんな時に急にお邪魔したからな。家の人に挨拶してたら遅くなった」

 嘘はついていない。春湖はるこだって家の人だし、依頼人への説明は挨拶も同然だ。時間がなかったから説明らしい説明はできなかったが、春湖は俺に依頼してくれた。信用してくれたというよりはなげやりだったんだと思う。なら、あとは俺が応えて信用を得ればいいだけだ。

「ちょっと電話してくるから、先に帰っていいぞ」

「理一……待たせておいてそれはさあ……なんかあったのか?」

「なんにもない。折倉も大丈夫だから、気にしないで先に帰ってくれ」

「……わかったよ」

 草加は、口では渋々ながらも、嬉しそうな顔を隠しきれていない。図らずも久連木と二人きりになれて相当嬉しいようだ。草加は久連木を連れて、折倉家を離れて行った。

 二人の姿が見えなくなってから、携帯電話を取り出す。通話履歴の中から、目的の人物の名前を選び画面をタップする。呼び出し音が鳴る。二回目のコール音の途中で、相手は電話に出た。

『はいはーい、安芸あき咲嘉さくかでーす。どーしたの、りーちゃん? こんにちは』

 咲嘉さんの妙に間延びした話し方に、肩の力が抜ける。

「こんにちは、咲嘉さん。毎回言いますけど、その『りーちゃん』って言うのなんとかなりませんか?」

『だって言いやすいんだもーん。それに、りーちゃん、とも読むでしょ?』

「読みません。見えるかもしれませんが、決して読みません」

 出会った頃、咲嘉さんは俺の宿題のプリントを勝手に見たことがある。横書きの名前の欄を見て、俺の名前が『理ーりー』だと、本気で思ったらしい。それ以来、何度訂正を求めても、咲嘉さんは俺をりーちゃんと呼ぶのをやめてくれない。せめて『ちゃん』だけでもなんとかしてくれないものだろうか。

『で? りーちゃんが私に電話くれるなんて、どーしたの?』

「早速なんですけど、遺体の運び出しをお願いしてもいいですか?」

『いいよー。場所は? 今行っていいの?』

「いえ、ちょっと待ってください。明日の午前十時からの葬儀の前にお願いします。住所はあとでメールします」

 さっき春湖から聞いた葬儀の時間を伝えると、咲嘉さんは更に明るい声を出す。

『おっけーおっけー。りーちゃんが頼ってくれて嬉しいなぁ』

「流石にこういうことは高校生の俺には無理ですから。大人の人に頼むしかありません」

『うんうん。もっと私に頼ってくれていいんだからねー』

「必要だと思えば、いくらでも頼らせてもらいますよ」

『りーちゃんは素直で可愛いなぁ』

 いや、都合のいい時だけ咲嘉さんを使います、って言っているんだぞ。この場合の素直は可愛くない方ではなかろうか。

『それじゃ、また明日ねー』

「はい。よろしくお願いします」

 始終ふわふわした調子の咲嘉さんとの通話を切る。この人は常にこんな風だ。職場では大丈夫なんだろうか。俺は咲嘉さんが与えられた仕事はきちんとこなす人だと知っているけれど。そうでなければ、あんなに緩い雰囲気の人間に頼みごとなんかしない。

 なんとも不思議な人だが、咲嘉さんは、乃亜を屍蝋化させる時に大変お世話になった人で、それ以降屍蝋化の依頼を俺に持ってくるようになった人でもある。

 遺体の運び出しや、遺体の代わりの用意は咲嘉さんがやってくれた。火葬したあとの骨は乾燥しきってバラバラになるため、動物の骨を混ぜてもわからないらしい。だから遺体の代わりの人形の中には動物の骨を入れると聞いた。

 その他にも遺体の保存に必要な薬品の調達なんかもやってくれた。薬品の中には危険物に相当するものもあるから、何の資格もない一般の高校生には売ってくれないのだ。

 咲嘉さん曰く、葬儀関係者とのことだが、正確な素性は教えてくれない。ただ、咲嘉さんは乃亜を俺のところに連れてきてくれた、俺の恩人だ。

 携帯電話をポケットにしまって、家に帰ろうと百八十度方向転換する。と、さっき帰ったはずの久連木と目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る