第6話 ずっと一緒がいい

 春湖はるこの視線が写真の梨夏に向く。

「ずっと、一緒にいたいよ……梨夏りかと、ずっと一緒がいい……お姉ちゃんを、置いていかないでよ、梨夏……」

「春湖……」

 久連木くれこは言葉を続けられない。春湖と梨夏がこれからも一緒にいることなんか、普通は出来ないんだから。どんな気休めの言葉も、久連木は見つけられない。

 静かになりかけた部屋の中で、はっとした春湖が眉を八の字にして微笑む。

「なんか、ごめん。変な空気になっちゃった。とにかく、私は大丈夫だから」

 春湖の微笑みが、ひどく疲れたもののように見える。悲しんで、悩んで、諦めた人間の顔に見える。

 そうあってはほしくないと思いながらも、二年前の自分と春湖を重ねてしまう。

 春湖は同じ学校の後輩というだけで、赤の他人だ。なのに、もう俺は春湖のことを、ただの他人だと割り切ることができない。

 どう見ても無理をしている春湖のために、立ち上がった。

「……葬儀の準備もあるだろうし、長居しても折倉おりくらの負担になる。もう帰ろう」

 草加くさかと久連木も、俺の言葉に従って立ち上がる。

「……それでは、春湖。学校で待っています」

「春湖ちゃん、またね。お邪魔しましたー」

「……うん」

 久連木は春湖を気にしながらも、部屋を出て行く。その後を草加が慌てて追いかける。

 部屋には、俺と春湖の二人だけになった。

 まだ部屋を出て行かない俺に、春湖が不審な目を向ける。

「先輩は帰らないの?」

「まだ話すことがあるからな」

「……こんなこと、先輩には関係ないでしょ……」

 恋が部屋からいなくなったからか、春湖は鬱陶しそうな様子を隠そうともせずに、俺から目を逸らす。

「関係ならある。俺も大切な人を亡くしたことがあるから、お前の気持ちがわかる」

「わかるから、なんだっていうの……? じゃあ、梨夏を生き返らせてよ。……出来ないよね」

 春湖の瞳が暗く落ちる。

「先輩にわかってもらったって、梨夏と一緒にいられるわけじゃない。私は……梨夏と一緒がいいの……もう、放っておいて」

 春湖はベッドにうつ伏せ、俺のことを、この世界のことをシャットアウトしようとしている。

 それは駄目だ。

「折倉……そんなに妹と一緒にいたいか?」

「いたいよ。いたいに決まってる」

 春湖の苦しそうな声が、くぐもって聞こえる。

 恋に本心を気付かれないよう振舞っていた、さっきまでの春湖とは別人のようだ。 

 こっちが本当の春湖の心だ。無理して平静を装い、苦しさで段々と心が壊れていく。

 苦しい。過ぎ去ったはずの苦しみが俺の中で再発する。喉が詰まり、心臓が壊れたように大きく鼓動する。息が上がる。

 このままなにもしなければ、春湖は、梨夏の後を追う。俺ならそうしていた。乃亜のあを失ったままだったら、俺は今ここに立っていなかった。

 俺は、今も乃亜と一緒にいられる。その手段を持っている俺なら、春湖の望みを叶えられるかもしれない、と、そう思ってしまう。春湖を見ていて感じる苦しみから逃れたい。そのために春湖の望みを叶えたい。

 俺自身のためにも。

「どんな形でも? 一緒にいられれば、お前は幸せか?」

 顔を上げた春湖は、生気の感じられない顔で俺を見る。

「どんな形でも……? そうだね……この世のどこにも梨夏がいないなら、天国で一緒にいるのもいいって、思うよ」

「天国じゃなくて、この世界で、言葉を交わせなくても、体温が感じられなくても、それでも、お前は梨夏と一緒にいたいか?」

「……先輩、なにを言ってるの……?」

「俺にならそれが出来る、と言ったら?」

 のろのろと身体を起こした春湖が、目を見開いて俺を見る。

「なにが、出来る、って……?」

 春湖の目は強い期待を含んでいる。

「梨夏を、今のままの姿で、お前の傍にいさせてやることならできる」

 何を言われたのか処理しきれていないのか、春湖からしばらくの無言が返ってくる。春湖はそれでも、しっかりと頷いた。

「先輩、お願いします。私を、梨夏とずっと一緒にいさせてください」

 春湖の意思のこもった強い声を受け、俺は、大切な人とずっと一緒にいられる方法を話した。

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