第4話 今行かないと意味がない

「友人の名前は折倉おりくら春湖はること言います。春湖は昨日電話口で泣いていました。いつもは元気な子なんです。春湖とは小学生の頃からの長い付き合いですが、あんなに落ち込んだ春湖ははじめてで、心配で。でも、かける言葉もわからなくて……」

 死別か。大切な人と二度と会えない心の痛みを、俺は死ぬほどよく知っている。

 一度乃亜のあを失った俺は、乃亜と同じ場所に行きたいと思った。一番大切な人を失って、どん底まで落ち込んで、それでも今生きていられるのは、俺が乃亜を完全には失わなかったからだ。

 大切な人を亡くした春湖の痛みが、俺にはよくわかる。

久連木くれこ、折倉に会いに行こう」

「え?」

「え?」

 草加くさかと久連木の困惑の声が重なる。

「でも、今はまだ……」

 妹を昨日亡くしたばかりの春湖には、他人に構っていられる心の余裕などないだろう。

 そっとしておくのが一般的だし、正解なのかもしれない。それでも、俺は、正解は選ばない。

「今行かないと意味がない」

 もしも、春湖にとって妹が、誰よりも大切な存在だったとしたら、不在に堪えられないほど大事な存在だったとしたら、春湖の精神が擦り切れていて、一切を諦めてしまったとしたら、遅いんだ。それを確かめるには、人伝の情報などではなく、直接会って見るしかない。

 少しの間ぽかんとしていた草加がはっとして俺に同意する。

「そうだね! れんちゃん、行こうよ。一人で塞ぎ込んでいてもどんどん落ち込むだけだし、友達の顔を見るだけで、少しでも気持ちが軽くなるかもしれないし」

 草加の発言は、久連木の背中を押そうと咄嗟に出た言葉にしては、なかなか的を射ている。失ったのなら、別のものを与えればいい。友人の顔を見る、というのは案外有効そうだ。

 久連木の声に、少し意外そうな音が混じる。

「草加先輩……」

 草加と会って間もない久連木だ。ただのちゃらんぽらんな奴とでも思っていたのかもしれない。草加は根っこのところではいい奴だと、この場で俺だけは知っている。

「そうですね……電話だけじゃなくて、きちんと顔を見て声を掛けたいと思います」

 放課後に折倉の家に行く約束を取り付けて、俺と草加は一年のフロアを降りた。


 放課後、いつもの通学路と同じ道を三人で歩く。折倉の家は俺の家と同じ方向らしい。

 冬に積もった雪が溶けたばかりで、道の脇は水たまりだらけだ。まだちらほらと、雪が残っているところさえある。四月の気温はまだ低いが、真昼の陽気で残っている雪も溶けるだろう。

 草加と久連木が、春湖の妹の話をしながら、俺の前を歩く。

「春湖ちゃんの妹さん、なんていうの?」

梨夏りかです。折倉梨夏」

「梨夏ちゃん、か……春湖ちゃんと梨夏ちゃん、とっても仲が良かったんだね」

 背の高い草加と背の低い久連木が並んでいると、ちょっと同じ高校生には見えない。

 サッカーボールを蹴って遊ぶ、二人の男の子が前方に見える。男の子達は小学五、六年生くらいだろう。久連木の身長なら、あっちに混ざっていても違和感ないな。

「ええ、とても。春湖は、病弱な梨夏ちゃんのことをいつも気にかけていました。梨夏ちゃんも、春湖の話をいつも楽しそうに聞いていました」

「梨夏ちゃんって、ずっと体が弱かったの?」

「はい。生まれつきで、ほとんど入院していました。学校にはあまり通えなかったので、春湖と一緒に、私もよく会いに行きました」

「そっか……じゃあ、恋ちゃんも辛いね」

「え?」

 草加のありきたりな気遣いに、久連木が笑顔のままちょっと固まる。前を向いて歩いている草加は気づかなかったようだ。

「そりゃ辛いよね……何回も会ってたんなら、ただの知り合いってよりはもっと仲良かっただろうし、自分も辛いのに友達の心配が出来るなんて、恋ちゃんは優しいね」

「……一番辛いのは春湖ですから」

 草加の目が、通り過ぎたサッカー少年達に注がれる。

「それはそうだけど。梨夏ちゃん、外で友達と遊んだりすることも満足に出来ないまま、亡くなっちゃったのか……」

「春湖は梨夏ちゃんに、たくさん本を買ってあげたり、写真を見せてあげたりしていました。今度一緒に行こうね、っていつも声をかけていて……もっと色々な、外の世界を見せてあげたかったと思います」

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