第3話 はじめまして
「……
「なあなあ、ちょーかわいくね? スーパー優しくして差し上げてぇ……!」
あの子が
俺が恋の様子を見ている間に、ようやく決心したらしい草加が戸口に来た女子に声をかける。
「あっ、ちょっとごめん。
女子は戸惑う様子を見せる。
「えっと、
年度初めの始業式の日だ。一年生なら、同じクラスでも誰が誰だかまだよくわかっていないだろう。
草加がにやけ顔でさっと振り向く。
「今のコも結構かわいくね? 俺にちょっと惚れたっぽくね?」
「知らん」
探しに行ってくれた女子が久連木にたどり着く前に、久連木が席を立ち俺達に近づいてくる。戸口で名前を呼ばれたのが聞こえていたんだろう。
草加の右手人差し指と親指が、俺の制服のボタンを摘む。なんでだ。
やってきた久連木は草加の前で立ち止まり、少し首を傾げて不思議そうに微笑む。
なるほど。たしかに整った顔だ。思ったより背も低く小柄で、年齢よりも幼く見える。いつもの草加の好みとはちょっと違う気がする。
「
久連木の意外としっかりと話す様に、ちょっと感心した。気弱そうだなんて思って申し訳ない。
前にいる草加が音を立てて唾を飲み込む。
「あのっ、オレ……僕、二年の草加悠之介って言うんだけど、いや、言うんですけど、はじめましてっ」
「草加先輩、はじめまして。久連木恋です」
草加のしどろもどろの変な挨拶に、久連木は微笑んだままの表情をまったく変えることなく、落ち着き払って応えた。すごいな。俺なら引いて真顔になる。
そんなことを考えていると、久連木と目が合った。
「そちらの方は?」
「俺はただの付き添いだから気にしないでくれ」
「こら! 恋ちゃん、あっ、久連木さんを困らせるような言い方するな!」
草加に頭を叩かれる。俺には久連木が困っているようには微塵も見えないのに、なんて理不尽な痛みだ。
草加が勝手に俺の代わりに他己紹介をする。
「こいつもオレと同じ二年で、古賀理一って言うんだ」
草加は、敬語で丁寧に話す、なんて慣れないことを早々に諦めたようだ。
久連木は草加に向けているのと同じ笑顔のまま、俺に少し頭を下げた。
まだ会って数分も経たない相手だ。だから多分、久連木恋は穏やかな人間なんだと思う。温かく澄んだ声も、柔らかい視線も、彼女の温厚な人間性を物語っているんだと思う。けれど、妙に作り物めいた、噛み合わない何かを感じる。そう、まるで死体のような冷たさが底にあるような……俺の気のせいだろうが。
「恐れ入りますが、草加先輩は私に何のご用なのでしょうか?」
「さっき、ここの廊下を通りかかった時に、なんか困ってる様子だったから、気になって」
「私が困っていたというのは……
「あっ、その、盗み聞きとかじゃなくてっ、たまたま聞こえたっていうかっ」
慌てふためく草加の前で、久連木は依然、微笑んだまま落ち着いている。
「責めているわけではないので安心してください。校内で話す以上、偶然誰かに聞かれていても不自然ではありませんから」
「そっ、そうだよね」
久連木にフォローされて安心しきった草加だったが、微笑みの表情を一ミリも動かさずに久連木が畳みかける。
「はい。草加先輩は先ほど私に『はじめまして』と仰いました。初対面の他人のことを何故気にされているのですか? もしかして春湖のお知り合いでしょうか?」
随分と厳しいな。もう第一印象の気弱でおとなしそうなんてものは存在しない。俺ならここで引き下がって、久連木のことはきっぱり諦めるだろう。
だが草加は狼狽える様子を堂々と見せながらも、その場から動こうとしない。女子に関することにだけ発揮される草加の根性はまあ、すごいと思う。
「あわわ……違う、えっとね、その……春湖ちゃんの知り合いでもないけど、確かに、俺と恋ちゃんも他人だけどさ、でも、偶然だとしても、聞いちゃったんだから力になりたいと思うのは当然と言うか……困ってる後輩を見過ごせなくて……それで……」
「……失礼しました。私は純粋な疑問を口にしただけで、他意はありませんでした。草加先輩の善意は嬉しく思います」
色を失くしかけていた草加の顔に温かみが戻る。
「いやっ、オレの方こそごめん! 恋ちゃんのこと誤解しちゃって」
「いえ」
「それでその、友達がしばらく学校に来られないって話を聞いたんだけど。病気かなにかなの?」
「いえ……」
久連木が言い淀む。当然だ。急に現れた見ず知らずの他人に迫られて、なかなかペラペラ話せはしない。久連木の様子からも、込み入った事情があるようだ。
ここで久連木が草加を拒否したとする。毎日、どうしよう、という相談を受ける俺を想像してみる。嫌だ。とんでもなく煩わしい。これから先、草加にうじうじ悩まれるのは大変よろしくない。つまり、今ここで俺が取るべき行動は、草加に久連木とのパイプを作ってやることだ。面倒だが仕方ない。
「久連木、急に押しかけて悪いとは思っている。でも、草加はあやしい奴じゃない。もし、自分ではどうしようもないような悩みがあるんなら、他人に相談してみる価値はあるかもしれないぞ? 案外どうにかなったりする時もあるだろ」
草加から、ありがたいものを見る目を向けれられる。
久連木の視線は相変わらずで、感情を読み取ることができない。
「三人寄れば文殊の知恵、ということですか? 確かに、一理ありますが」
「草加はこう見えてお前より一年長く生きてるからな。なんらかの知識があるかもしれない」
追撃すると、久連木の表情がはじめて変化を見せた。笑みを深め、きちんと笑う。
なんだ。はっきり笑うとちゃんとかわいいじゃないか。
「古賀先輩は……おかしな人ですね」
「なんだそれ。喧嘩売ってんのか?」
「馬鹿、そんなわけないだろ! 後輩怖がらせるなって! ごめんね、恋ちゃん」
草加に頭を叩かれる。俺には、久連木が怖がっているようには一ミリも見えないのに、なんて不愉快な痛みだ。
俺が痛い思いをしているというのに、久連木はまた笑いやがった。
「お二人は仲がよろしいのですね」
「いや、別に仲がいいわけじゃ」
「照れんなよ、理一」
草加に反論しようとしたが、久連木の表情に陰りがあることに気づいて口を閉じる。
「私にも、仲のいい友人がいるんです。実は、その子のことで悩んでいて……私には何もしてあげられないから」
久連木は困ったように微笑むが、こいつは本当に困っているんだろうか。俺の目には、久連木の辛いとか悲しいといった感情があまり見えない。
「昨日、その友人の妹が病気で亡くなったんです」
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