問題4「幼女を拾ってきたんだけど」
翌朝、体感では8時間ほど寝ているつもりでいつも通り目を覚ますと一面の景色は何も変わっていなかった。
ゆっくりと背中を起こし、目を擦りながら開ける。
もしかしたらあの一連の出来事は夢だったなのではないかと思う自分もいたが、それは早々に打ち砕かれたのだった。
朝なのに辺りは薄暗くて、雲の途切れ目から太陽光がちまちま差し込み、舞い上がっている土埃でチンダル現象を起こしている。
「……夢ってわけでもないのねっ」
分かってはいたけれど、改めて理解すると少し心苦しいものがある。だいたい、この世界の方が嘘みたいで、よっぽどおかしいって言うのに、これが事実で本当のことなのがたちが悪い所だ。
そのせいもあってだ。
まるで、ここが凄くリアルな夢なのではないかと——そう思う、思いたい気持ちも捨てきれない。
溜息をつき、一息つき、朝の空気を吸った。
横にあった柱に掴まり、私は顔をパチンと一打。
ともあれ、弱音は吐いていても意味もないわけで。
すぐに切り替えるように伸びをして、壊れかけた寝室から出ると外には彼の姿があった。
「——んぁ、おはよう」
「おはよ」
ぼそっと呟くと、こちらを一瞥した彼はどこかで拾ってきたライターと枯れた木々と葉っぱで火を起こしている最中だった。
律儀にやるんだなと感心していると彼は嫌そうに私の目を向いて、一言。
「じっと見て、何?」
「——見ちゃダメかしら?」
「え、いや……別にそう言うわけじゃないけど」
「そ。じゃあ、黙ってて」
「っ……」
まったく。
どうして私が何でも悪いように見てくるのかしら、この男。遅刻するのだって、毎回嫌がらせの様で、怒っても空振りだし、なんかこう……気に食わない。
舌打ちのような音が聞こえた気がするが、それを無視して私は折れた右足をゆっくり地面につき、彼のすぐ横に座った。
「な、なんで隣に座るんだよ……」
「悪いことある?」
「べっ——別にないけど」
「じゃあいいじゃん。というか、さっきから何よ。そわそわしてさ」
動揺しているのか、焚火がバチバチと音を立てる中、彼の視線は右往左往していた。個人的には、私が隣に座ったことで動揺してくれているのなら嬉しい所だが、彼の視線は先ほどから背中の方へ向いている。
「後ろに何かいるの?」
勘付いたように呟くと、彼は一瞬だけ背中をビクンっと震わせた。
「っ……なんも、いねえから」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないし」
「んじゃあ、なんでそんなにそわそわしてるのさ」
「してないからっ……特になんでもないし」
だいたい、何でもないならチラチラと視線は変えないはずだ。
しかし、それでもなお違うと言い張る彼に対して、いつも通りの策をとることにした。
「……ほんとに嘘じゃないなら、視線を泳がせないでくれる?」
「は? 関係ないだろ」
「関係はある。なんかウザいし」
「……俺は別に何もしてないでしょうが」
「——んじゃ、してないならいいのよね。私が後ろ向いても」
「っ⁉ だ、駄目だっ‼‼」
まぁ、聞かずともではあるが予想通り、図星だったようだ。
何か、彼は私に隠している。
そこで、ゆっくりと後ろを向くと——そこには一つ、いや一人、目に留まるものがあった。
目に留まる、訂正、目が留まった。
私はまず、その光景を疑った。
そこには一人の人間。
それも、幼女がぽつんと立っていたからだ。
こちらの方を見て、笑うわけでもなく怖がるわけでもなく、ただただ何かに熱中するようにこちらを見続けている。
そんな姿に私はギョッとして、思わず丸太から落ちそうになったがふと彼の方を見ると「くそ」と息を吐いていた。
「——あ、あれ……何よ」
「はぁ……見たのか……」
「見たって……な、何よ。あれは——というか、あの子は」
驚き交じりの声で、訊くと彼は重い腰を挙げながらこう話し始めた。
まず、彼女の名前は「ノエル」というらしい。
名前でノエルと言うのはあまり日本人じゃ見かけないし、そもそも意味自体を大事とするこの国の人間ならつけることは少ない。ラテン語で「ノエル」は「誕生」の意味を表しているという昔本で読んだ知識が過ぎったがよく分からなかった。
それに、よく分からないのは彼も一緒で、朝ごはんでも探しに行こうとこの場を離れていて、戻ってくると彼女が立っていたらしい。瓦礫の奥の方で寝ている私をじっと見つめていたとのこと。
声をかけると、急に陽気に話し始めてきたらしく、淡々と自分とは何かを説明しに来たらしい。
そして、一番なぞと言うか、中二病チックで理解できなかったのは——
生まれは地球ではなく、惑星「Sing」という星で、地球からは数百光年離れている場所。
父親は「閻魔」、母親は「聖母」。
それを聞いて私は思った。
奇天烈だと、支離滅裂でもあると。
大体、惑星の名前が「Sing(歌う)」って言うのも気になるし、英語なのもよく分からない。それに親が閻魔と聖母では……全くと言っていいほど宗教的なつながりも感じられなかったからだ。
「……意味が分からない」
思わず、そう呟くと動きもしていなかったはずの彼女が瞬時に移動して、私の目の前に現れた。
「なんだ……、妾がそんなに気になるのか、
「へっ⁉」
「……おっと、てれぽーてしょんは使うなと父上に言われておったな」
「は……え……」
「
「いや……何を言って」
「はぁ……また説明せねば、ならぬというわけだな?」
「あぁ、頼む」
すると、俺には出来なかったと俯きながら頷く彼の膝の上に小さく収まった女の子「ノエル」。
小柄な彼女は思いっきり指をさし、唐突な自分説明会が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます