問題5「この世は滅びたのじゃ」


 奇天烈、不可思議、摩訶不思議系アドベンチャー系の娘に会ったのはほんの数時間前の事だった。




 俺がそばで寝ている我らが柊詩音のために朝食でも見つけてこようと外に出て、南側に数百メートルほど歩き、恐らく廃墟となったスーパーの敷地に入り、落ちている缶詰や保存のききそうなパンなどを漁っているとすぐ後ろでガサっと音がしたのだ。


 音からして子虫。

 もしくは、小動物かと言ったところで、あまり多き物には感じなかった。


 正直、ここで気づくべきだったのかもしれない。この荒廃した世界になってからコバエ一匹すら見ていなかったのだからまずまず、俺と柊以外で生きているものなら俺ももっと慎重になるべきだった。


 しかし、その時の俺は文字通りお腹も減っていて、背に腹は代えられない状態で「子虫ならいいか」と舐めてかかっていたのだ。


 そして、案の定。その怠慢は俺を一瞬だけどん底に叩き落とす。



「ふぅ……とりあえず、落ちているバックには詰め込んだし、帰るか」


 一仕事終え、さすがに柊も起きている頃だろうと土埃を掃いながら立ち上がった瞬間だった。


 ぬちょ。ぬちょ。ぬちょ。


 気持ち悪い音の3連単。

 不協和音がこの瓦礫だらけのスーパーを駆け巡る。


「ん」


 ここまで来たら、俺も止まらずを負えなかった。


 ゆっくりと歩くのをやめて、入り口付近で制止する。


「っうごぉ……」


「っは?」


 明らかに聞こえた。

 ぐちょぐちょした不気味な音に加えて、今度は熱く粘り気の濃そうな空気が何かの口から洩れた。何か、その何かは分からなかったが明らかに何か生き物ような気がした。


 しかし、そう考えれば考えるほど俺の体は動こうとしなかった。


 本能が訴えているのか、はたまた、ビックリしていて動けないのか――定かではないがとにかく、俺の身に危機が起きているのは確かだった。


「……」


 沈黙が不気味に広がる。

 その間、指の先から頭の芯まで身体がピクリとも動けない。


 ————ボタンっ。


 そして、背後に何かが降り立つ音がなった。


 ぶるん――と背筋に悪寒が走り、俺はその瞬間に死を悟る。

 いや、それは間違いかもしれない。もしかしたら、抱き合って転生して変な世界に送られてもしかしたら死んでいるのかもしれない――――


「——————キュイイイイイイイイイインンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッッッッッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」



 耳を劈く甲高い高音。

 一瞬、俺の頭は何が起きているのか分からなくなったが、すぐに俺は気づく。


 目の前にいたのは自分の体の数倍もの身体を持ち、四足歩行のカマキリと蜘蛛を足して二で割ったかのような生物……いや、化け物だった。


「————っ」


 本気で驚いたら声も出ない。いつの日か書籍かテレビで見た言葉がこの事かと唐突に感じる。


 何を考えているんだ。


 そんな冷静なツッコミさえも生むことなく、俺の体は気色の悪い化け物を見てもなお動くことはなかった。


 恐らく死ぬ。


 そのカマキリ蜘蛛モドキのような何かは奇声を発し、こちら目がけて全速力で向かってくる。


 驚く間すらない。声を発する余裕すらない。


 気づく間もなく、俺は殺されると感じて。


 その鎌のような前足を振りかざされた時だった。




「——とおりゃっ!!」


 目の前の景色は刹那にして青黒い血の花畑に覆われる。


「えっ」


「うおっ……汚いなぁ。この下等生物めが……まったく、新人類の誕生からようやく1年経ったというのにここまでキモイ輩が残っているとはなぁ……皮肉か何かかのぉ」


 そんな一面の血しぶきの中から、一人の黒い影が俺の目の前に舞い降りた。


「はぁ……ったく、だな。旧人類の世話をするとなるとは……父上も中々ひどいことを言ってくれる」


「っ……」


 土埃と血しぶきをほろいながら、その黒い影はてくてくとこちらに歩いてくる。

 突然すぎて驚くと、クスッと零れた笑みが聞こえて、ますます俺の背筋は凍りだす。


 強い、その何かが笑いながらこちらに近づいている。助けてくれたという事実すら捻じ曲げるくらいに不気味に高い声で俺の頭はバグっていたのかもしれない。


 しかし、そんな恐怖心は次の一言によって実感に変わったのはこの瞬間まで割と生き生きとしていた俺のどん底に叩き落としていくのだった。


うぬ————貴様には殺害命令が出ている」


 くりんくりんな癖のある赤毛に、ギザギザの歯。

 睨みつけるように虹色の目をパチパチとさせていた、身長130㎝程度のパーカーを着ている女の子。


 手に持つ刃渡り30㎝のナイフをこちらに見せながら、真面目なトーンで言い放つ。


 無論、俺は動くことはできなかった。





<あとがき>

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