問題2「一応、クリスマスだよね」
今まで、ほぼ一年間通っていた、今はもうガラクタになった高校からとりあえずと俺の家のある方角へ歩き始めた途中のことだった。
骨折した柊を背中に背負い、ゆらゆらと瓦礫と瓦礫をかき分けながら歩いていると無言だった彼女は嫌そうにボソッと呟いた。
「……なんか、最悪ね」
「ん……あぁ、最悪だな」
最悪、そう言葉にすれば聞こえは多少は良くなる気がするが実際のところ字面よりも明らかな状況だった。
見回す限りの瓦礫と荒廃した街。
感嘆に言うなら教科書に載っている東京大空襲のあの写真ような雰囲気を思い出してくれればいいだろう。
そんな世界を俺は、柊と二人で歩いている。
それも女の子とだ。ツンデレでクラスの委員長で頭のいい女の子をおんぶしながら歩いている。現代の高校生でこんなことをする人はなかなかいないだろう。
だからこそ、羨ましい、だなんて思われても仕方がないかもしれないが——生憎と世界はそうではない。
どっこいどっこいと言ったところだろうか。
「……あれ、あそこにあったケーキ屋さん」
「ケーキ屋さん?」
「ほら、あの一本残ってる木の隣の瓦礫のところ。私がよく、食べに行っていたケーキ屋さんよ」
「あぁ……あそこか」
ゆったりと歩きながら、柊が指さす方を見ると黒焦げになった一本の木がぽつんと佇んでいて、彼女が言うケーキ屋さんらしきものはなかった。
まぁ、人っ子一人いないのだから無理もないが、改めてこう見せられると悲しくなるものもあるだろう。
「……見てて、悲しくないのか」
「ん。それはまぁ、悲しいに決まってるわよ」
当たり前よ、と無表情で言い捨てる柊。
ただ、その目は悲しそうではあったがあまり感情的ではなかった。
「その割には悲しくはなさそうだな」
「——悲しいけど、不思議と涙が出ないんだものね。私もよく分からない」
「……あぁ、それは確かに、そうかも」
「何? 小鳥遊君も一緒なの?」
図星をつかれたかのように、もの凄く嫌そうな顔でこちらを見る柊。
今すぐここで振り落としてやろうかとでも思ったが、優しい俺は踏みとどまって歩を進めた。
「ははっ。悪かったな、俺も同じでよ」
「悪いわ。謝りなさい」
「今謝っただろ」
「それで謝ったとでも言いたいわけ?」
「はいはいっ……悪かったよ、俺も最悪な気分で」
適当に謝ると、柊は耳元で「はぁ」と溜息をつき、バコンっと頭を叩かれた。
うぐっと声を立ててよろけると、柊はそれでも偉そうにこう言った。
「——ちゃんと歩きなさい」
「……おい」
「何?」
「ちゃんと歩かせたいなら叩くのはやめてくれないか?」
「んじゃあ、私を不快にさせないで」
「はいはい……ったく」
まったく。
どうしてこうなったのやら。
神はいたずら好きだと言うが、これじゃあいたずらどころではない。割と真面目に最悪という言葉に相応しい。不快になっているのは柊ではなく、間違いなく俺だと言い張りたいが今はやめておこう。
まぁ、それでも女の子だったのだから文句を言えないのがまた、いたずら程度なのかもしれない。
ただ、俺も俺で、今日はこれでもクリスマスイブだから言わせてほしい。
これがもしも異世界転生なら、こうやって二人きりになってしまうのなら、クラスのアイドル橘さんとか、後輩の可愛い初心な女の子とだとか、英語の若手教師の夜波先生とかそっちの方が100倍良かった。
あの黒い雲が近づいてきたとか、咄嗟に近くにいた柊を守ろうと体張って庇ったがあのまま捨ててやれば―—なんて思ってしまう。
ツンデレは良いと言うが、あれは2次元の世界でだけであって現実でいいわけがないだろう。
「——はぁ」
溜息も零れ出るほど、だ。
しかし、どうやら俺の背中でゆったりとしている委員長ことツンデレ少女はちょっとのことも見逃してくれないらしい。
「——ふんっ‼‼」
「うがっ⁉」
「溜息、やめてくれない?」
「おい‼‼ 先に言えよ、叩くんじゃねえ!!」
「はっ。小鳥遊君に命令される筋合いはないわ」
「……くそ」
「何?」
「な、なんでも——ないですよ」
「そう、よろしいっ」
一瞬、真面目にぶん殴りたくなったがなんとか抑えて、俺はただ歩いた。
それから数分。
沈黙を貫いていると、背中から寝息が聞こえてきた。
「……すぅ」
「重いな」
寝息を立てるその声は可愛いが、いつもそうであってほしい。ぶん殴ったり、直ぐに怒ったりと、二人きりになっても態度が全く変わらないし、真面目な感じで売っているのなら殴るのはやめてくれたらいいのだが……
「まぁ、今更か」
「……んぁ……ん」
寝息もエロい喘ぎ声みたいで最高なんだがな。
そんなツンデレ少女を背負いながら荒廃した世界を歩いていくのだった。
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