問題1.5「冒険の始まり」


 骨折している柊の傍らで俺は雨水を近くに落ちていたひしゃげた水筒に入れていると、彼女はぼそっと呟いた。


「っ……ねぇ、これっていったい、どういうことなのよ」


「え」


「ど、どういうことなのかって聞いてるの!!」


「……」


 何もない、ただただ荒廃した真黒な世界に柊詩音の怒号が響き渡る。そんな声に俺はただ黙ることしか出来なかった。


「歩けないし……それに、起きたらこれって……」


 意味が分からない。


 そんな言葉を言いたげな顔で彼女は唇を結んだ。


 無論だが、この状態である。この光景が広がっている意味などわからない。


 もちろん、俺だって意味が分からない。起きたらこれって。


 不幸中の幸い、柊だけは助けることはできた。それだけは良かった。


 でも、そう思う気持ちだってもはや砕け散りそうだった。


「っ俺も……よく、分からないな」


「答えなさいよっ」


「すまん、な……」


「っち」


 大きな舌打ちが聞こえて、少し背中がビクッとしたが柊は向き直り、はぁ——と息を吐いて、もう一度呟いた。


「……ほんと、何なのよ」


 まぁ、無理もない。

 だって、誰もいない。


 周りには壊れたぐちゃぐちゃなコンクリートの瓦礫だけしかないんだ。さっき、骨折した柊を保健室のベットらしきところに寝かせて、一人で1キロほど歩いてきたけど結局誰もいなかった。


 それに、不思議にも死体すらなかった。


 血しぶきの跡が少しだけあっただけで動物の死体も人間の死体もなくて、跡形がなかった。


 こんなよく分からない、まるで世界が滅亡したかのような光景を目の当たりにして一人の人間が何を思えるのか。


 ましては、一介の高校生二人だ。この前までただの中坊だった子供中の子供なんだ。大人が考えても分からないことを俺たち二人が分かるわけがない。


 思わず笑みが零れて、俺は口を押えた。


「……」


 ただ、一つ言えるのはなんとか身体を張って守った柊がそこで怖そうな顔をしているということだ。


 一人ではなかったことに今は幸運だ思うしかない。


「……くそっ」


 いや、やっぱり違うかもしれない。


 顔はすっかりと青ざめて、怖がった素振りすら見せない。


 ただ、柊の小さくて白い肌はうっすらと震えていた。制服が破けて顕になった肌には傷がつき、顔には血糊がべったりと付いている。


 そんな暗い顔を見てもなお、幸運だと思えるほどに俺は薄情な人間ではない。


「……」


 すっかり静かになった柊を見つめていると、彼女はギッと睨んできた。


「何よ」


「——いや、なんでも」


「喧嘩売ってるの?」


「なんでそうなるんだよ……」


「っそ……別にいいけど」


 まったく、この人はどんだけ俺の事が嫌いなのか。睨む目つきが鋭すぎる。怖がりながらも気づいたように俺は呟いた。


「すまんな」


「何が?」


「何もできなくて」


「あぁ……そうね、仕方ないわねっ」


 ははっと苦笑いを浮かべると、彼女は一息置いて笑みを浮かべた。


「……そ、そうねっ」


「?」


「何もできないのは昔から知ってるわ」


「……そうかよ」


「えぇ。何もできなくて当たり前ね。いい加減。私も学ばないとねっ」


 そんな丸まった棘に自然と笑みが浮かんだのは初めてだったのかもしれない。








 それから数十分ほど経ち、からっ風のような乾燥した小風が吹く中。


 ふぅ―—と溜息をついた俺の隣で、柊が肩を叩いた。


「——ねぇ」


「ん?」


「お腹空いたんだけど」


「お腹……」


 言われてから気づいたが目が覚めてから数時間ほど経ったかもしれない。お腹を触ると、ちょうどよくぐぐっとお腹が鳴った。


「確かに……」


「うん。だからさ、とって来てよ」


「え、俺が?」


「当たり前でしょ? 他に誰がいるのよ。それとも何? 骨折している私に取りに行かせたいの?」


「いや……別にそう言うわけじゃ」


「んじゃあ、いいでしょ?」


「……」


 ベットに座りながら骨が折れたことをいい様に柊はいたずらな笑みを向けて、がれきの山から俺の背中を吹っ飛ばした。










「どうして、ついてきた?」


「……なんでもっ」


「まさか、怖かったか?」


「んなわけっ。ないでしょうが‼‼‼‼‼」


 瓦礫の山から下りてきた柊は元気よく、俺の頬を殴った。

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