問題0.5「もしも、私が男の子と二人きりになったら」
彼はまた、遅刻をしてきた。
「あ、すみませ~~ん……」
「またか……ったく、ちゃんと早寝早起きを心がけろっ」
「はい、先生。ついつい小説が面白くて……」
「はぁ……とにかく、忘れるな」
「了解ですっ」
気の抜けた声で担任の吉田先生と話す彼は
容姿は中の中。
一応、偏差値65の進学校に入学しているために地頭の良さはそこそこだが、この高校に入学してからというものの彼の学力は右肩下がりで落ちている。
最初からそのだらしなさは見ているが、中学の頃と全く変わってもいないし、そんなちんちくりんな彼よりも私の方が頭が悪かった。どうしても、勝ちたくて一生懸命勉強して、追いついて、追い越して……ようやくあざ笑うことができたと思ったらこの始末。
我ながらというか、不運かもしれない。
だからこそ、気の抜けた顔で平然と遅刻する彼に腹が立ってしょうがなかった。
授業が終わると、彼の座る席へ向かう。
周りの男子やら女子がちらほらと何かつぶやいているようだが、私には関係ない。
バンッ。
「——うわっ」
机を叩き、寝ぐせの付いた頭を上げる遅刻魔は驚いたように呟く。
「な、なんだよっ」
「遅刻、したわよね?」
「し、しましたけど……?」
どうして疑問形……学校を遅刻したってのになぜ罪悪感の一つや二つ抱かないのかしら。まったくもって不思議。それに、そんなにも気の抜けた感じの声とだらしない性格をしてるって言うのに顔がそこそこなのも腹が立つ。
「罪悪感とか、ないわけ?」
「……ない」
「はぁ?」
私がちょっと苛立ったように返答すると、彼はぐっと身を引くように言い返した。
「だ、だいたいっ……柊に怒られる理由とかはないと思うんだけど?」
「は? あるに決まってるでしょ?」
「……な、なにがだよ」
「私のクラスだからよ。あなたような生徒の行動が私の評価にも関わってくるの。だから余計に遅刻したり、意味もないのに休んだりとかしないでくれるかしら?」
「そんなの知らねえよ……」
「なんですって?」
「っ——」
「舌打ち聞こえてるんですけど?」
「あーーもうっ。はいはい、分かりましたから!! 遅刻しなければいいんでしょ? しなければ、さぁ!」
ぐっと目に力を入れてじっと睨みつけると、彼は耐え切れなくなったのか机を叩いて諦めた。「はぁ」と溜息を垂らし、机に視線を落とすと出しっぱなしの教科書を机に仕舞いだした。
「次はないわよ」
それにしても、どうして私が注意する立場になったのか。あの頃の私に聞いてみたいくらいだ。合格して舞い上がった頃にしっかりと聞いてあげたい。
「それで、だけど」
「……」
「ねぇ、聞いてる?」
彼はぼーっとした顔で天井を見つめているので、私はガッと顔を掴んで一言。
「ねぇ、聞いてるの? ぶん殴るわよ?」
「っき、聞いてますから」
ぼーっとしてたくせに何を、だ。
やっぱり、どんなに憧れていた人間だとしても落ちぶれたら意味なんてない。
周りの生徒たちも一人で頑張る私を助けるわけもなく、ただただ噂だけを立てるし、今だってぼそぼそとこちらを見ながら何かを言っている。
思えば、いつからか分からない。この状況は今になって始まった話でもないんだ。私も、昔はお母さんにもお父さんにも可愛がられて育ってきた。一人娘としてそれなりに大切にされて生きてきたと思う。いろんなものに興味を持って、ゲームだって、外で遊ぶことだって、本を読むことだって。
だけど、そんな最愛の二人が他界してからと言うものの、取り巻く環境も大きく変わってしまった。名前も顔も、よく分からない二人の夫婦に引き取られてから、一生懸命親になろうと可愛がってくる二人の顔色を窺い、生きてきた。
さっきは彼に勝ちたくて勉強したと言ったが、私が勉強してきた意味は二つある。本命はそんな養子の親に喜んでもらうことで、その過程に彼がいたって言う話。最初は二人から認められようと頑張ってきて、結果認められるようになったけれどこの、心にぽっかり空いた穴は埋められないのだ。
「これだから、若い男は」
「柊も若いと思うんだけど……」
「何か言った?」
まったくもって、まったくもって。
馬鹿馬鹿しい。
とりあえず、今日も勉強だ。
今はもう、そんな風に勉強する意味もない。ただ、行きたい大学に行って、義親元を離れて一人で生きていきたいから。
「いや、なんでも……」
「あっそ……んじゃあ、今日は居残りで掃除だからね。しっかり覚えておきなさい」
「んぇ……っ、お、俺だけ!?」
「当たり前じゃない。昨日さぼって帰ったでしょ……」
「あ、あれはサボったわけじゃ‼‼ 妹の世話をだなぁ」
「言い訳無用、何も言わないで帰ったのが悪いっ!」
「えぇ~~‼‼ なんでだよ‼‼」
「いいからっ! ちゃんとやらないと……殺すからね?」
「いっ―—い、いきます……」
「はい、よろしいっ」
素っ頓狂な声を上げて、悔しがる彼を背中に私は教室を後にした。
あ、そうだ。
生徒会の演説原稿、仕上げないと。
「ふぅ……」
放課後、図書館の隅。
窓から見える札幌の景色は一面真っ白だった。
迎えにある付属小学校から出てくる小学生たちがわいわいと雪を触りながら帰っている。
可愛いな、と思う気持ち反面。もう冬になったという漠然な不安と言うか、季節が過ぎるのも早いなぁと浸るような感覚に襲われた。
いつの間にか、もう2年生なるし、そしたらすぐに受験。生徒会にも入って一瞬で卒業するのだろうと——何にもない面白くない学校生活が目に見えてくる。
どうせ、友達のいない私には楽しむ権利なんてない。作る側に回った方がいいだろうという妥協でもある。
「って考えてもどうしようもないわね。そろそろ掃除も終わる頃だし、見に行かないと」
教室に戻ると案の定。彼は帰ろうとしていた。そしてちょうど今は、私が嫌味ったらしく言うとうぐっと背筋を丸めて、掃除を始めたところだ。
私が本を片手に彼の姿を監視していると、嫌そうな顔でこちらを見つめてきた。
帰りたそうな顔だ。
一言、言ってあげようかしら。
「小鳥遊君が帰るからに決まってるでしょ?」
「お、きゅ、急になんだよ……」
「いや、今物凄く帰ってほしそうな顔してたからね」
「っち……ばれてたか」
「何?」
「な、なんでもありませんっ」
「んじゃ、終わらせてね」
そう言って、私はまた小説に視線を落とした。
そろそろ終わるかなと思って、教室へ入ると彼はむすっとした顔でこう言った。
「なんだよ」
「いやぁ、そろそろ終わるのかなって」
「あぁ、終わるよ。これ捨てたらな」
「そ、じゃあ、早くね」
「はぁ……」
溜息を垂らし、もう一度しゃがみ込んで塵取りでごみを集める。
そんな姿を横目に、私はすっかり夕焼けで蜜柑色に染まった外の景色を見つめる。
何を感傷に浸っているのか。
綺麗な景色に目を奪われていると————不意に何かが視界を包み込んだ。
マンションが————宙に浮いている。
あからさまにおかしな光景に私は言葉を失った。
はっとして隣にいるはずの彼に声をかけると、目の前の景色は赤黒く染まった何かに覆われていた。
「……あれ」
「何が」
「窓」
ガタガタガタッッ!!
整っていた机が揺れて、床にはヒビが入っていく。
思わず、腰が抜けて、その場に倒れ込むとガラスが一気に吹き飛んだ。
「——柊っ‼‼」
ついていけない状況に私の心はぷつん―—と切れた。
あとがき
設定を変更して、二人とも一年生にしました。
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