ばれちまった後で――4

 クリスマスを迎えた。迎えてしまった。

 真澄は外を眺めながら、ひとつため息をつく。これから広島の中心部に遊びに繰り出すのだろう。高校生らしいカップルが、家の前の通りを歩いているところだった。二人とも黒いコートに、おそろいの青いマフラーが目を引く。

 正直、見たくないものだった。真澄は視線を手元の参考書に戻す。だが、なかなか集中できない。

 本当は今日、藍葉と会う予定だったのに。

 携帯とタブレットを取り上げられたとはいえ、藍葉とは学校で話すことはできる。誕生日以降の藍葉は、廊下ですれ違ったりするたびに、なんだかんだで励ましてくれた。

 ――来年のクリスマス、ちゃんと待っているからさ。

 ――受験が終わったら、また宮島に行こうな。

 受験勉強による制約があっても、たくさん言葉を交えてきたからだろう。付き合い始めた当初はどこか緊張してたじたじだった藍葉の態度は、今のこの頃はだいぶ堂々とするようになった。だから真澄も、そのつもりよ、と強がって言い返してはきたけれど。

 やっぱり、クリスマスくらいは一緒にいたかった。初めて藍葉と一緒に過ごすクリスマスがどんなものなのか、知りたかった。

 だめだ。やっぱり集中できない。模擬試験で成績が落ちた分を取り戻さないといけないのに、理屈で割りきろうとすればするほど、雑念ばかりが込み上がってくる。

――せめて少しだけでも、会話したかったな。

 呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。

 誰かが来た。宅配便だろうか。ひょっとしたら、瀧彦がデリバリーで何か頼んでいたのかもしれない。我が家の大黒柱は、頭が固いくせに、やたらと家族サービスができるから。

 あの人の頼んだものなんて、食べてやるものか、と思うけど。

「おじゃましまーす」

 家の一階から聞こえてきた朗らかな声に、真澄は持っているシャープペンを落としそうになった。

 この声、聞き覚えがある。

そういえば、今日はあの人が来ると、隆志が話していた。

「あら、あなたは」

 茜が、驚いた声を出している。

「お久しぶりでーす。真澄ちゃんに会いにきました。息子さんとよりを戻したわけじゃないので勘違いしないでくださいね」

 この小生意気な物言いも、懐かしい。

「ひとこと余計だっての。真澄の部屋はこっちだ。案内する」

 隆志の声が聞こえた。やがて階段を二人が上がってくる。足音は真澄の部屋の前まできた。

 ノックされる。

「真澄、今いいか?」

 隆志が尋ねてくる。真澄はちょっとだけ迷ったが、

「いいわよ」

 応えると、ドアが開けられる。隆志と一緒にそこにいたのは、長い髪を後ろで束ねた、細身でスタイルのいい、隆志と同い年の少女だった。

「久しぶりね、真澄ちゃん。やーね、もっと美人になっているじゃないの」

「江波、さん?」

 江波えるなと会ったのは、去年のこの時期だ。えるなのほうこそ、一年たって、背が伸びて、もっと美人になったように見える。

「元々根回しするだけってつもりだったんだけど、ムショーに会いたくなって来ちゃった」

 わざわざクリスマスに、こんなことをするなんて。

この間に突然、隆志からえるなの提案を聞かされた時もびっくりしたけれど。

「江波、準備はできているか」

 隆志が問う。

「当然。ラインのお友達登録もばっちりよ」

 えるなは携帯を取り出した。

 えるなが自分の携帯を使って、藍葉との連絡の仲立ちをする。隆志からこの話を聞かされた時、真澄はびっくりしたものだ。去年会っただけで、しかも隆志と別れた人が、突然にこんなことをするなんて、想像すらしなかった。何か裏があるのではないかと疑いもした。

 だが隆志いわく、えるなは本気らしい。それに受験が終わったら、藍葉のお友達登録をきちんと解除して身を引くとまで言われた。真澄は隆志を経由して、えるなに藍葉のラインのIDを伝えるとともに、学校で江波えるなという人からお友達登録のリクエストがくることを藍葉に伝えた。

 そして今日に至った次第である。

「彼氏に伝えたいことは?」

 えるなは携帯を構えて、真澄の言葉を待つ。

「メリークリスマスと、まずはそう伝えてください」

 真澄が言うと、えるながそそくさと携帯にその言葉を打ち込んでいく。本当は直接顔を合わせて言うはずだった言葉だ。

「さっそく既読ついた」

 えるなが、携帯を見ながら告げる。

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