ばれちまった後で――1

 瀧彦は、真澄の隣に座って、藍葉と対峙していた。腕を組んでいる。家に帰った直後は真澄の誕生日に浮かれていたとは思えないほど、冷淡にしていた。そばにいる隆志も茜も、そんな瀧彦に対して何も言うことができない。

 瀧彦の様子は、さながら我が子にひどいいじめをした子を相手にするようだった。

「君は、真澄の何かな」

 優しい言い方なのは上辺だけだ。その目には、今すぐにでも藍葉を追い出してしまいたいという意図があった。

「付き合っているのか?」

 真澄が息を呑む。

「瀧彦さん、この子は」

「茜は黙っていなさい。私はこの子に聞いている」

 瀧彦は説明しようとする茜を遮った。

「どうなのかね?」

 瀧彦がもう一度、藍葉に向き合う。

「はい」

 藍葉が認めた。

 真澄の恋愛を頑なに認めようとしなかった瀧彦だ。当然、娘の相手を歓迎するはずがなく、

「うちの娘は今、大変な時期だということは知っているな?」

 まずはそう問いかけた。

「はい、僕も受験生なので」

「ならなおさらだ。こんなことをしている場合じゃない。受験本番直前のこの時期に、娘を誘って何をやっているんだ?」

 これには、真澄が反応した。

「お父さん、紙屋くんを最初に誘ったのは私よ。そんな言い方しないで」

「真澄、黙っていなさい」

 瀧彦は娘に言って聞かせる。

「今の時期の恋愛は刺激が多すぎる。こんなことをしているせいで、娘が受験に失敗するわけにはいかない。紙屋くんといったか、君も似たようなものだろう」

「僕は、三滝さんと一緒にいて勉強の邪魔になると思ったことはありません」

 藍葉は、凛と言ってのけた。宮島でヤクザな男三人に襲われた時のように、冷静そのものだ。

「恋愛に時間を割けば、その分だけ他の受験生に遅れをとる」

 隆志も、一時は心配したことだ。

 だからこそ、真澄の付き合い始めたという相手を見極めて、ふさわしくないと判断した時は引き離すつもりでいた。

「君たちが目指している高校は、楽しみながら勉強して行けるほど甘くないんだぞ。目先の楽しみに気を奪われて、行きたい高校に行けなくなったらどうするんだ?」

 瀧彦の言葉は、明らかに偏見だ。

「そうなったとしても、僕は後悔しません」

「娘が落ちたら? 責任を取れるのか?」

 今の発言は、ただの理不尽だ。責任を藍葉に押し付けるのは間違っている。

 横で立って聞いている隆志は、聞き逃すことができなかった。

「ちょっと待てよ親父。二人は一緒に勉強しているだけだ。受験のことを軽く見てなんていないし、さっきだって、入試の過去問をひたすら解いていただろう。志望校も同じ広島弥山だ」

「そうよ。紙屋くんのおかげで、私も助かっているの」

 反論を封じられた真澄も、粘って抗議する。

「二学期、一緒に勉強して、励まし合った。だから勉強がはかどったし、模擬試験でもいい成績が出せている」

 二学期、真澄は何度か模擬試験を受けたが、いずれも広島弥山がA判定。好調な成績を維持している。

 近く、受験が本格化する前の最後の模擬試験の成績が通知される予定だが、それも好成績を維持しているだろう。

 だが、瀧彦は頑なに納得しなかった。

「受験のプレッシャーはすさまじい。今までがよかったかもしれないが、何かのきっかけで崩れないとも言えない。そうなるとわかっていて、私が君たちの関係を認めるわけにはいかないんだよ」

 瀧彦は少し、間を開けた。再び藍葉に目を向ける。

「今は多忙な時期だ。だから結論を手短に言う。今すぐ帰ってほしい。そして受験勉強に専念して、真澄には必要以上に関わらないようにするんだ」

 つまり、別れろ、ということだ。

 さすがに、一方的で理不尽なものを感じたのだろう。藍葉の顔が歪んだ。普段冷静な彼には珍しく、怒りが表情に出た。

「……そんなの、ひどいよ」

 言ったのは、真澄だった。

「広島弥山を目指すことにしたのは、私が決めたこと。紙屋くんと付き合うことにしたのも、私が決めたこと。なのに、お父さんがそんな都合を押し付けてくるなんて」

「これは、お前の進路のためだ」

「お父さんにとって、私はそんな程度の人なの? いろいろ口出しして言うとおりにさせないと、何もうまくいかない。そんなただの子供ってこと?」

 もう、いろいろなことを決められるはずの年なのに。

 だが、瀧彦は娘の問いに答えなかった。

「紙屋くん、ただちに荷物をまとめて帰りなさい。これ以上家にいることは許さない」

「ちょっとお父さん、私が聞いたことに答えてよ」

「これ以上家にいるなら、こちらにも考えがある」

 ここまで言われたら、藍葉にはどうすることもできない。むしろトラブルを大きくして、真澄に迷惑がかかる。

「わかりました。今日は帰ります」

「紙屋くん?」

 真澄は呼び止めようとする。

「勉強なら、学校でもできる。じゃあね。今日は楽しかった」

 藍葉は自分の鞄を持った。

「お邪魔しました。お料理、ごちそうさまです」

 椅子から立ち上がり、ぺこりと頭を下げて、リビングを後にする。

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