ハロウィンイベント、誕生日、そして……――4

 「いらっしゃい、紙屋くん。ありがとう。来てくれて嬉しい」

「今日はプレゼントを持ってきたんだ」

 藍葉の声がぎこちないのは、プレゼントをこうして渡すのは初めてだからだろう。

「何なの?」

 真澄は、なるべく優しく話す。どんなプレゼントを渡されるのだろう。内心ではどきどきしているけど、急かしたりはしない。

 藍葉は、鞄から紙袋に包まれたものを取り出した。リボンの形のシールで閉じられただけの、彼らしく質素なそれを、藍葉は手渡してくる。

「ありがとう。開けてもいい?」

 焼きたてなのだろう。紙袋はほのかに温かい。

「後で開けてもらったほうがいいと思うけど」

「気になるから」

 真澄は、紙袋を開けた。中身を見る。

 食べやすい大きさの、クッキーがどっさりと入っていた。

「美味しそう。ひょっとして、紙屋くんが焼いたの?」

「本当は、もっと上手に焼くつもりだったんだけど」

 よく見ると、お店で売られているクッキーとは違って、わずかに形が歪んでいる。それが手作り感を出していて、親しい者の手が加えられたんだとわかった。

「見た目だけでもおいしそうだよ。本当に嬉しい。大事に食べるからね」

「よかった」

 藍葉がほほえんだ。

「入ってもいい?」

 安心して、緊張がほぐれたのだろう。藍葉の声からぎこちなさがなくなった。

「あっ、ごめんね。こんな寒いところにいさせて。早く上がってよ」

 真澄はそのまま、藍葉を暖房の効いたリビングに案内する。

「どうも」

 ソファーに座っていた隆志が、入ってきた藍葉に声をかける。

「あ、こんにちは。お邪魔します」

 藍葉が頭を下げる。

「かしこまらなくていいんだよ。妹の誕生日に来てくれてありがとな」

 隆志は、ずっとリビングにいた。玄関先まで出迎えて、藍葉が真澄に誕生日プレゼントを渡すと言う重大な場面に乱入してくるという失態を侵さなかった。

 紙袋を持ちながら、真澄は密かに笑みを浮かべる。

 ――いろいろわかってくれるじゃないの、隆志。

「今日は家に二人だけなの?」

「いいえ、紙屋くん。お母さんがさっき買い物に行ったの。お昼の食材を買いに行くって。連絡したから、わかってるよね」

「お昼、一緒に食べて欲しい、だろ」

 藍葉とは別々のクラスだし、なかなかお昼を一緒に食べることができずにいた。これも十分に大きな誕生日プレゼントだ。

「そろそろ帰ってくると思うけど、帰ってくるまでゆっくりしていてね。といっても」

「勉強、だろ」

 藍葉が、鞄から広島弥山の入試過去問を取り出した。

「こうなると思っていたよ。本当はそろそろ受験以外のことも話したいんだけど」

「仕方ないって」

「勉強するってなら、俺は退場しようかな。邪魔するわけにはいかない」

 隆志が立ち上がろうとする。

「あっ、待ってください」

 藍葉がとっさに呼び止める。

「せっかくなら、ここにいてもいいでしょう。やることがないなら。僕は邪魔じゃないので」

 藍葉は、これでいいか確認するように、真澄に目を向ける。

 今まで散々邪魔だと思っていた隆志だけれど。

「まあ、今日くらいはいいわ。私も準備するから、ちょっと待ってて」


  二人はリビングのテーブルで、広島弥山の入試の過去問と向き合っている。それは隆志にとって、懐かしい問題だった。自分が二年近く前に解いたことがあるから。

 こうなったら、これから同じ高校の門を叩こうとする二人に、アドバイスしないわけにはいかない!

「そこの英語の長文問題はだな」

「本文が長いから、先に問題を確認して問われる要点を押さえる、でしょう」

 真澄が間髪入れずに言い当ててくる。

 ――妹よ、俺の脳内をのぞき込んだのか?

「おっ、紙屋がやっているのは歴史か。選択問題では聞いたことがない史実が出てきても動揺するなよ。そういうのは」

「他の選択肢が明らかに間違いだったら、その聞いたことがない史実の選択肢が正解、ですよね」

 ――紙屋まで、俺の脳内を言い当ててくるのかよ。

 ――まさか、俺って、用なし?

「わからないことがあったら言ってくれ。俺はずっと黙っているから」

 そうやって、隆志は石像になることを決めた。

 二人を見守るうちに、庭先の門が開く音が聞こえてきた。真澄が顔を上げる。

「お母さん、帰ってきたみたい」

「邪魔にならないかな」

「紙屋くん、邪魔になるわけないでしょう。お母さんは歓迎してくれるから。このままでいて」

 玄関ドアが開けられる。

「ただいま」

 茜が、食材を満載したエコバックを片手にリビングに入ってくる。

「あれ、君、ひょっとして」

「こんにちは、紙屋藍葉です。おじゃましています」

「まあ礼儀正しい。それに予想どおりのイケメンね。紙屋くん、そんなかしこまらなくていいのよ。真澄がいつもお世話になっているわ」

「母さん、ノリノリだな」

 隆志は、茜を睨んで牽制する。

 ――抱かれたいとか言うなよ、抱かれたいとか。

「隆志、当然でしょ。今から気合い入れてお昼作るから、手伝いなさい。酢飯を作るのよ」

「しょうがないなぁ」

 どうせやることはない。隆志は立ち上がって、茜と一緒に台所へと向かった。

「あの、手伝いを」

「紙屋くんはそのまま勉強していて。お客さんに料理の手伝いをさせるわけにはいかないよ」

 茜が止めた。

「お母さん、すごいんだよ。勉強しながら待ってて」

 真澄も、藍葉を止めている。

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