ハロウィンイベント、誕生日、そして……――3

 「よし、準備オッケーっと」

 自宅の台所にて、藍葉はほほえむ。

 今日は、十二月四日。ついに真澄の誕生日だ。

 受験生にとって、日が進むのは異常なまでに早い。十一月はあっという間だった。そして藍葉にとって、受験勉強が九割を占めるひと月だった。

 でも、味気なくもなかった。

 なぜなら、残りの一割。真澄の誕生日プレゼントを考えるというシチュエーションがあったからだ。

 真澄の父親があのような状態だから、すでに彼女と申し合わせているとおり、大げさな贈り物はできない。ささやかながらも、どんなものがいいだろう、とひたすら考えた。

 十一月の前半を使って悩み、何とか答えを出して、後半は、実行に移すべく準備に明け暮れた。

 といっても、本当にささやかなものだけれど……

 でも、真澄なら喜んでくれるだろうと、藍葉は思う。手元の小さな紙袋。ひと月以上前のハロウィンで渡されたものと比べると明らかに小ぶりだ。だが、ほのかな温もりを放っている。

 女の子に個人で贈り物をするのは、初めてだ。

 でも、どこか、喜んでくれるという自信があった。

 もう、準備はできた。

 藍葉は、身に着けていたエプロンを外した。台所脇のハンガーにかけると、リビングに向かい、ソファーに置かれた自分の小さな鞄にその紙袋を入れる。

 荷物をまとめたところで、洗面台のほうへと向かった。鏡を見る。

 今日の藍葉は、長袖の青色パーカーと、黒色のジーンズ姿。誕生日を祝うにしては、単調といえば単調だ。だが真澄が派手な格好を嫌っている(宮島でヤクザな男三人に絡まれてから、なおさら嫌になったという)から、この服装のほうがいい。

「汚れもないよな」

 藍葉は、鏡に映る自分の服をチェックする。さっきまで台所で、粉をたくさん使ったばっかりだ。こぼさないように気をつけながら料理していたけれど、服のどこかが汚れていたらみっともない。

「大丈夫だな、よし」

 藍葉は、鏡の前から離れた。黒色のコートを羽織ってリビングに戻り、自分の鞄から携帯電話を取り出す。ラインのトーク画面を出した。

『こっちは準備できました。そちらはどうですか?』

 メッセージを送る。送る相手は年上の隆志だから、敬語だ。真澄の携帯にメッセージを直接送ると、彼女の父親に盗み見られてしまう可能性がある。だから真澄と連絡をとるときは、隆志の携帯にメッセージを送るのだ。

 すぐに既読がついて、隆志からの返信が表示された。

『親父、仕事に出たよ。帰りは夕方になるって。いつでも。真澄が待ちわびている』

『今から行きます。妹さんによろしく』

藍葉はメッセージを打つと、鞄を肩から提げた。

「行ってきます」

 藍葉は、自宅を飛び出していった。

 ちょうどいい時間に準備ができてよかった。せっかく焼いたものが、冷めてしまっては大変だ。

 ここから真澄の家までは、歩いて行ける。寒いが、晴れ渡っていて、空気が澄んでいる。藍葉は速足で、通りを歩いていった。


 真澄は家で待ち人を待ち続けていた。もちろん、藍葉のことである。あの子がこの家に来るとすれば、初めてのことだ。付き合い始めてもう何ヶ月もたっているというのに、互いの家を訪れるのがだいぶ後になってしまった。瀧彦を警戒したせいだ。だが今は、瀧彦は家にいない。

「隆志、紙屋くん、道に迷ったりしないかな」

 いてもたってもいられなくて、真澄は隆志に尋ねる。

「そんなに心配なのか?」

「あの子、ここに来るの初めてなんだよ」

「住所、きちんと教えたんじゃないのか? なら大丈夫だろう」

「そうよね」

 しかも藍葉が住んでいるのは、バス停二つほどの近所だ。

 大丈夫だ。きちんと向かってきているはず。

 いてもたってもいられなくて、真澄は玄関に向かった。藍葉の到着を待ち続ける。

「リビングのほうが暖かいぞ。どうしてそんなところで待つんだ?」

 隆志が、真澄を追いかけてくる。

「紙屋くんを最初に迎えたいから」

 飼い主の帰りを待つ犬みたいだけれど、今日ぐらいはそれでいい。

「呼び鈴、鳴ってからでもいいだろ」

「ここで待ちたいの」

 わざわざ家に来てくれてまで誕生日を祝ってくれる異性は、藍葉が初めてだ。プレゼント、何を渡してくれるのだろう。どんなお祝いの言葉をかけてくれるのだろう。だいぶ悩んでいたみたいだから、期待が高まる。

「まあいいか。ここもここで、風邪をひくほど寒くはないしな」

 隆志は、リビングに戻っていた。邪魔にならないように配慮してくれているのか、それともストーブで暖を取りたいのかはわからないけれど、藍葉にいらっしゃいと最初に声をかけたい真澄にとっては、とてもありがたかった。今日はやけに空気を読めているじゃないの、隆志。

 玄関の扉の向こうで、物音が聞こえた。これは、庭先の門が開けられる音だ。

 真澄は反応して、居住まいを正す。

 呼び鈴が家の中に響いた。真澄は急いで、玄関のドアを開ける。

 ずっと待っていた、藍葉がいた。

「やあ、三滝さん。誕生日おめでとう」

 付き合い始めた直後よりもぎこちない話し方で、藍葉は祝ってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る