もみじが紅葉になるように恋めく――4

 一緒に勉強をする相手は、先に着いていて、ぼろぼろになった参考書を広げていた。

「ごめん、待った?」

 藍葉は真澄に声をかける。

「ちょっとだけ。ホームルーム、長引いたの?」

「受験だの勉強のことだので、先生が小言をね。勉強時間を取るなっての」

 藍葉は、とりあえず真澄の向かいの席に座る。図書館で勉強するようになってから、この位置関係が当たり前になっていた。

「一緒に勉強するだけって、付き合っているって実感がわかないね」

 真澄がシャープペンシルを動かしながら、皮肉をつぶやく。

「受験生だから、仕方がないよ。それに、あまり派手なことはできないんだろ」

「ごめんね、私のお父さんに振り回されて」

「いいよ。そっちのお兄さんは応援してくれているし」

「隆志も、邪魔でしょ」

「俺はあてにしているけど」

「そう? 宮島であんな登場をしたのに? かき氷がかけられた地味な服を着て、私のことおねーさんって言ってきた不思議くんなのよ?」

 実際、藍葉も変だとは思ったけれど……

「でも助けてくれたし、俺だって、あの男たちに囲まれていた時、やばいって思っていたんだ」

「軽くあしらっていたけど? 紙屋くんって本当に強いよね」

「あいつら、三人同時にこようとしただろ。さすがにそれだと、な。実はあの時、逃げることを考えていたんだ」

 浴衣だと走りにくい。逃げてもすぐ、追いつかれただろう。

「隆志がエアポリスメンを呼んだのは、いいタイミングだったってことね」

「あれで奴らが逃げてくれて、ほっとしていたんだ」

「ちょっと悔しいけど」

「でも助かった」

 なんだかんだで、頼りになりそうなお兄さんだ。真澄が兄のことをひどく言うのは、単なるツンデレだろう、きっと。

「それに三滝さんのお兄さん、広島弥山の生徒だろ。勉強面でもいろいろあてにできそう」

「あんなのでも合格できるっていう点で、励ましにはなっているわ」

 ――兄妹仲いいのか悪いのか、本当によくわからないな。

「とにかく、俺は三滝さんの兄を迷惑だと思っていないから」

 ちょっと前、勉強の待ち合わせ場所に隆志が真澄と一緒になって現れたのもそうだ。鬱陶しいとは思わなかった。

 あのまま一緒に勉強してもよかった、なんて言ったら真澄がすねてしまいそうだから、言わないけど。

「ふーん、で、まだ当分兄の邪魔が入りそうだから、派手には遊べないよね」

「受験生だから、の間違いだろう」

「でも、二回くらいは息抜きのイベントがあってもいいよね」

「三滝さんの誕生日と、クリスマス、だろ」

 真澄の誕生日は、十二月四日、今年は土曜日が当てはまる。 しかもクリスマスも土曜日だ。

「私の家に来る?」

「いいのか、そんなことして」

 真澄の父親と鉢合わせになったりするのではないか。

「大丈夫。お父さんは土曜日に仕事が入ることも結構あって、日中だったらあまり家にいないから」

「忙しい人だな」

「だから安心して。もちろん予定が変わって、家に居座るってことになったら、その時はまた考えるけど」

 女子の家を訪れるなんて、藍葉にとっては初めてのことだ。といっても、真澄の家は一戸建てだし、兄の隆志がいるし、自分の家とあまり変わらないだろうが。

「わかった。まだ先だけど、そのつもりでいる」

 真澄は、微かに頬を染めて「やった」とつぶやいた。

「びっくりだよ。三滝さんがそんなふうに浮つくなんて」

「だから言ってるでしょう。私も人間。怒る時があれば、楽しみだってあるの」

「浮ついて、肝心なことを忘れるなよ」

「紙屋くん、先生みたいになってるわよ。それにただ浮ついて、勉強がおろそかになっているわけでもなくて。その証拠、今から見せようかしら」

 真澄が、参考書にシャープペンシルを挟んで、いったん閉じた。足元に置いている鞄を弄り始める。

「元から見せ合うって約束だったろ」

 藍葉も、足元に置かれている鞄を開けた。中からタブレットを取り出し、画面を操作する。

 真澄も、同じくタブレットを取り出していた。

 二学期に入ってすぐに行われた模擬試験。その結果が今日発表されて、成績表はタブレットにダウンロード済みだ。

「いっせーのーで、で開くわよ」

「おう」

 二人はカードゲームの手札のように、タブレットの背面を互いに向け、結果を見せ合うべくスタンバイする。

「「いっせーのーで」」

 勢いよくタブレットをひっくり返して、互いに結果を見せ合った。

「私の負けね。偏差値が1.5低いわ」

「こんなの誤差だよ。それに俺だって、国語の順位がちょっと下がったし」

「それは他の教科を頑張っていたからでしょう。細かいところで誤差とか問題との相性とか言い続けるつもり?」

「偉そうにするのが苦手なんだよ。ちょっと勉強ができるからって思い上がりたくない」

「ほんと、紙屋くんって真面目だよね」

「三滝さんに言われたくない」

 そして、二人は互いに笑い合う。

「広島弥山、二人とも見事にA判定のままだね」

「お互い勉強のことは心配しなくてよさそう」

 これなら、受験前でも真澄の誕生日やクリスマスを祝うことができるだろう。まだ先のことだけど、安心した。

「まずは誕生日、何を贈ろうかな」

 藍葉はつぶやく。女の子に贈り物をするとすれば、初めてだ。

「まだ時間はあるから、ゆっくり考えてよね。ただし、お父さんにばれそうな派手なものはだめだよ」

 そうだった。気合の入れすぎもよくない。

「今はささやかなものにしておくよ」

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