もみじが紅葉になるように恋めく――3
吹きさらしの廊下に、肌寒い風が吹く。藍葉は廊下を歩きながら、かすかに身を震わせた。二学期が始まってだいぶたった。日中はまだ暑いけれど、日が傾くと寒さが身に染みてくる。制服も、とっくに長袖だ。
そろそろ校庭の隅に植えられたヤマモミジも、色づいて紅葉になっていくだろう。
藍葉は、一日の授業を終えて、学校の図書室に向かっていた。放課後、しばらくの時間は図書室が空いていて、部活を引退して生じた時間はそこでの勉強にあてがうつもりだった。
「よお、紙屋」
話しかけてくる子がいる。同じ剣道部で副将として支えてくれた、 古江敏という三年生だ。藍葉と同じく部活を引退して、背中に剣道着を入れた大きなリュックを背負っていたのが、今は通学用の鞄だけという身軽な格好をしている。
「どこへ行くんだ? そっちは校門と逆だぞ。まだ帰らないのか」
「図書室に自習だよ」
「塾、通っていないんだな。みんな通い始めてるんだが」
「今更通い始めても遅いよ」
「ふーん、で、誰と勉強するんだ?」
「古江、わざと知らんぷりしているのか? 相手ぐらいはわかってるだろ」
藍葉は聞き返す。最後の大会を機に真澄と付き合い始めているというのは、剣道部の中でも知られている。当然、敏も知っているはずなのに。
「からかってみただけだ。まさかあいつと付き合うなんて思ってもみなかったから」
剣道部の部費削減に最初に抗議の声を上げたのは、この敏だ。副将になってから、生徒会に対していい思いはしていなかった。この一年で実績を上げるにつれて、生徒会への不満はあまり吐かなくなったものの、隆志が真澄と付き合うことを知った時はとても驚いたものだ。
「驚いたよ。あからさまに抗議しなかったにしても、あいつのことを一番目の敵にしていたのはお前だろ」
「ばれていたか」
「その後の気合いの入れ方が尋常じゃなかったから。稽古で声が出すぎていて、バスケ部の一年の女子部員が怖がっていたぞ」
そんなつもりはなかったのに。
「どこに惹かれたんだよ。あいつの」
「冷たくしているようで、三滝さんは俺たちのことをちゃんと見ていたんだ」
落ちぶれ者の烙印をあえて押して、その後這い上がってくるのをきちんと見守っていた。休日を返上してまで大会に来てくれたのが、藍葉には嬉しかった。
自分の剣道を見てくれる人なんて、いなかった。まわりの生徒も、先生も、剣道部にまったく期待していなくて、稽古場である体育館に向かう自分の背中を冷めた目で見つめてきたものだ。
真澄だけが、違った。きちんと見てくれていた。
――もっと紙屋くんのこと、応援させて。付き合ってほしい。
県大会で負けた後にかけてくれた言葉が、今でも藍葉の心に残っている。負けたはずなのに、胸の中がほっこりした。
だからすぐ、うなずいたのだ。こんな自分でいいのならばと。
「それになんだかんだで三滝さんは頭が固いから。同じようにどっか融通の利かない俺と意外とそりが合うんだよ」
「真面目すぎるのはよくないぞ。とっとと下の名前で、真澄と呼べや」
入部からずっと戦いを共にしてきたとはいえ、敏に気軽に真澄の名前を呼ばれた。藍葉はむっとする。
「気軽に呼ぶな。まだ早すぎる。いきなりいちゃいちゃした感じになったら気持ち悪いだろ」
「ほんとに真面目だな。ちーと不安になったから、俺も協力させてくれ。あいつを許すつもりはないけど、紙屋のためだと思えばいろいろしてやれる」
「てっきり学校中に面白半分に噂を流すかと思っていたけど」
「そんな口の軽い男に見えるか? 俺が」
「真面目なのは古江も同じだな。じゃあ」
部活でよくそうしていたように、藍葉は敏と互いに手を叩き合い、再び歩き出す。
部活でやっていたノリを引きずってしまって、敏に対して何も悩んでいないふりをした。
本当は、くだらないことで悩んでいるけど。
真澄と付き合い始めたはいいが、彼女の父親にひっそりと反対されている、なんてこと。
――まったく、何なんだろう。
会ったことはないから、真澄の父親がどんな人なのかは知らないけど、だからって息子に別れさせるように言いつけるだなんて。いっそ自分で、がつんと言いにくればいいのに。度胸がない。
自分が真澄に嫌われるのを、恐れているみたいだ。
そう思ったら、どこかしらかわいらしさがあるのだけれど。
そうこうしているうちに、藍葉は図書室に着いた。入ると、古い紙のにおいと、ほっこりと温かい空気に身を包まれる。
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