もみじが紅葉になるように恋めく――1

 夏休みが終わる直前の、日曜日のこと。

 フローチェに、隆志はいた。二杯のアイスコーヒーのグラスが置かれたテーブルを挟んで座っているのは、江波えるな。

「すまないな。こんなところに呼び出して」

「妹のため、って三滝くんが言うからね。私も協力するって言ったし、安いご用よ。この後のショッピングへの付き合いは遠慮願うけど」

 恋人同士という関係を解消したのだから、仕方ないか。

「とりあえず東京のお土産、クラスメイトよりも先にあげるね」

 えるなが、隆志に東京バナナの小さな袋を渡す。

「おう、 ありがとよ。どうだった? 東京の大学は」

 えるなは、夏休みを利用して東京の大学のオープンキャンパスに行っていた。どうせ行くならばと、複数の大学を見てまわったらしい。

「本題に入る前の雑談? まあいいわ。人が多いのにはやっぱり驚いたけど、しゃれた大学が多くていろんなところに目移りしたわ。今年の秋には第一志望校を絞るつもりだけど」

「東京の大学以外は考えていないんだな」

「前々から言っているでしょう。東京だからできることもたくさんあるし。三滝くんはどうなの? 一緒に来るなら、よりを戻してもいいけど?」

「いいや。決めるのはまだ先になりそうだ。できれば地元でって考えてるしな」

 隆志自身、えるなと違って東京にあまり魅力を感じない。学校に置かれた大学のパンフレットを読む限りでは、書かれていることはここらと東京の大学とであまり大差ない。つまり学ぶ内容は、よっぽど特殊な学科を選ばない限りは変わらないということだろう。だったらお金のかからない広島に残ったほうがいろいろ得なのではないかと思う。そもそも東京なんて、人が多すぎて窮屈なだけではないか。

 こんな感じで、隆志とえるなは進路についての認識がずれている。別れた最大の理由だ。

「まあいいわ。それで、真澄ちゃんの件はどうだったの? 花火大会、行ったんでしょ?」

 えるなが本題を切り出した。

「ああ、結論から言うと、理想の相手だった。俺は妹と相手の男を応援していくつもりだ」

「どんなふうに?」

「真澄の彼氏も、広島弥山を目指しているし、成績は優秀だ。しかも剣道部出身で、宮島で悪絡みしてきた連中から真澄を守っていた」

「ひゅー、なんかかっこいい男の子が頭に浮かんできた。真澄ちゃんにお似合いだね」

「だろう。俺も言ってやったさ。真澄の相手にふさわしいって」

「あっ、尾行してたの、ばれちゃったんだ」

「まあそうなるな。さっきの悪絡みしてきた連中を振り払うために仕方なく」

「デートの邪魔をするなんて、悪い兄貴ね」

「そっちから尾行を唆しておいてそれはないだろう。それに黙っていられる状況じゃなかったんだから、仕方がないって」

「落ち着いて三滝くん」

 えるなは、腕を組んだ。

「真澄にとってはいい迷惑なはずだよ。真澄の相手にふさわしい、なんて本人の前で言うなんて」

「褒めたつもりだが、やっぱりだよな」

「勝手に自分の男に評価をつけられたんだから。学校の先生でも友達でもいいけど、私たちはお似合いだとかちやほやされたとしたらうるさいとか思ったでしょ」

「まあ、しくじったと思っている」

 隆志は、素直に非を認めた。真澄は、隆志が瀧彦の側について、藍葉との仲を裂こうとしていると疑っていた。その疑いを晴らすためにああ言わざるを得なかったとはいえ、出しゃばりすぎてしまった。

「最初に警告はしてもらったんだかな。悪い。しょっぱなから」

「私よりも二人に言うべきだけど。で、三滝くんは決めたんだね」

「まあ、二人を応援するってことは、だな。親父が反対しようにも、二人してうちの高校に合格すれば文句言えなくなるんだし」

「お父さんには、何て言ってるの?」

「彼氏なんていないって嘘をついた。親父は俺が味方していると思い込んでいるし、花火大会の夜は真澄と一緒に家に帰ったから、上手く騙されているよ」

「とりあえず、ナイスって言っておくわ」

「どうも」

「ありのままをお父さんに知られたら、別れさせる、別れないでもめるしね。最悪、受験にも悪影響を及ぼすかもしれないし。受験までばれないように気をつけなさいよ」

「うまく立ち回ってやるさ。現に今のところは、嘘がばれるような様子はないしな」

 まあ、真澄と藍葉はうまく勉強に集中している。長時間どこかに遊びに行ったり、携帯をいじりすぎたりといった、疑われやすい行動はしていないからだが。

「とりあえずは、家に親父がいる時に休日のデートに出る時は、俺と一緒に家を出るようにしている。一緒に外で勉強するふりをすれば、ますます彼氏の存在なんて疑われなくなるしな」

「それもそれで邪魔だと思われていそうだけど、変に干渉されるよりはましよね。三滝くん、ほんとシス……シスコ、妹思いね」

「今何て言いかけた?」

 シスコンって言おうとしたよな、絶対。しかもなぜ二度も言い直したんだ。

「私は褒めたつもりなんだけどな」

 えるなはそうやって舌を出す。

「おちょくっているだろ」

「妹のために休日を犠牲にして動きまわれるなんて、なんていいお兄さんなんだろう。そう言おうとしたのよ。妹さんも幸せ者よね」

 見下されて、のけ者にされているけどね。

 おまけに弟扱いされつつある、というのは絶対に秘密だ。ばれてはいけない。

「三滝くんがとりあえず本気なのは分かったわ。その上でだけど、ちょっとひどいことを聞いてもいい?」

「なんだよそれ」

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