勉強デート――2

 夏休み終わりの週に、隆志と真澄は同じバスに乗って移動していた。真澄は最後尾に、隆志はその一列前方の非常口前の座席に腰を下ろしていて、二人の間に微妙な距離が空いている。

 真澄はあえて、この距離を空けていた。

「まったく、紙屋くんと勉強に行くだけなのに、どうして隆志がついてくるのよ」

 真澄は声が大きくならないよう気をつけながら言う。花火大会の前に約束していたことだ。二学期が始まる前に、図書館で一緒に勉強すること、その後昼食を挟んで、真澄がおすすめするカフェでコーヒーでも飲みながら、また勉強する。本当はのんびりとおしゃべりして、相手のことを知りたいのだけど、受験勉強があるのだから仕方がない。勉強でおしゃべりをしないまでも、一緒にいるだけで、相手のことがわかるかもしれないから、真澄にはこれでいいと思っていた。いいと思っていた、それなのに……!

「花火大会もそうだけど、隆志、私と紙屋くんの行くところに必ずついてくるの?」

「仕方がないんだ。親父にバレないようにするためだから」

「言っておくけど、これはカモフラージュなんだからね」

 本当は、兄と一緒にこのバスに乗る予定なんてなかった。

「わかってるよ。花火大会の時みたいに邪魔しねーから」

 花火大会では、仕方なく一緒にいてもらっただけだ。兄についてこられているせいで、おかしなデートになってしまった。また弟呼ばわりしてやろうか。

 ――紙屋くんは、楽しそうにしていたんだけど。

「あーもう、あのリア充オヤジがいなかったら、このまま二人きりで行くつもりだったのに」

 あいにく今日は、瀧彦は家にいる。一応平日なのだが、この間花火大会の日に出勤した代休だという。一人で外出するのを見たら、やはり疑われてしまうだろう。そこで急遽、隆志が同行することになった。気分転換に外出するがてら、カフェかどっかで勉強を教えるという名目を立てるためだ。なぜよりにもよってこの日に……。

 これじゃ、兄妹デートじゃないの!

「機嫌なおしてくれよ、真澄。そろそろ目的地だぞ。あんまり不機嫌そうな顔していたら、紙屋くんも困るだろう」

「その、紙屋くんってなでなでしい呼び方はやめて」

 隆志と藍葉が仲良くなると、 どこか不快だ。隆志に藍葉を取られそうで。

 こんな感覚、初めてなんだけど。

「じゃあどう呼べばいいんだよ」

「呼び捨てでいいんじゃないの。どうせ年下なんだし」

 最低限、藍葉から距離は空けてほしかった。

 二人を乗せたバスが、広島のバスセンターに到着した。真澄と隆志は到着ホームに降り立つ。

 すぐに相手は見つかった。藍葉だ。紺色のTシャツに黒のジーンズと、いたってシンプルな服装だ。真澄が初めて見る、藍葉の私服姿。

 相手もまた、すぐに真澄を見つける。

「おはよう、三滝さ……あっ」

 続けて隆志が降りると、藍葉が固まった。軽く頭を下げる。

「どうも、この間はありがとうございました」

  再び兄が登場して、二人きりという雰囲気をぶち壊されようとしている。それなのに、藍葉はいたって冷静そうだ。邪魔にならないとか思わないのだろうか。

「今日も一緒なんですか?」

 ――紙屋くん!

 ――一緒なわけないでしょ。

 真澄はこっそりと、隆志の腰を叩いた。

「いや、たまたまこの辺に用事があってな。邪魔になる前に俺はいなくなるよ。楽しんでー」

 真澄に叩かれたのが功を奏したのか、隆志は急いでこの場から離れていく。

「どうしたの、三滝さんのお兄さん?」

 藍葉が尋ねてくる。真澄はため息をついた。

「いや、実は今日、お父さんが家にいてね。一人で出かけるとまたデートを疑われるからってことで、ついてきたの」

 どうせならここまでじゃなくて、一つ前のバス停で降りてくれたらよかったのに。

「そう、なんだ」

 どこまで、隆志はしゃしゃり出てくるつもりなのだ。兄がデートに現れるなんて、おかしいにもほどがある。しかも二度も。

「うー、バカーー!」

 たまらなくなって、真澄は叫んでいた。

「急にどうしたんだよ」

「なんか邪魔ばっかりされてるような気がして。シスコン兄やリア充オヤジに」

「シスコン? リア充?」

「そうよ。 大体、 何のつもりなの隆志は? 花火大会もそうだけどことあるごとについてきて」

「まあ花火大会は、ついてきたおかげで助かったんだし」

 どうしてこの子は隆志を擁護するのかしら。隆志は哀れな弟のふりして、エアポリスメンを呼んだだけなのに。

「でもあの直後の隆志なんて、ほんとないと思うわ。歓迎しているとか、理想の相手だとか、勝手に決めつけすぎ。過保護にもほどがあるよ」

 隆志は、藍葉と真澄の関係でいえば部外者だ。自分が選んだ相手に、部外者が勝手にしゃしゃり出て評価をつけないでほしいものだ。

 まあ、母へのカミングアウトを勧めてくれたのは、素直に感謝しているけど。話したおかげで、余計な緊張がなくなったから。

「お父さんもお父さんだよ。反対しているからって、隆志を使って姑息な手段に出るなんて。勉強を言い訳にして、しばらく会話してあげないわ。リア充オヤジ爆発しろー」

 藍葉は、目を見開いている。

 しまった。怒りをあらわにしすぎた。

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