勉強デート―――1

 「デート服、買わなきゃ」

 隆志の話を聞いて、茜は言い出す。

「ちょっとお母さん、そこまでしなくていいよ」

 真澄が慌ててなだめる。

 花火大会の翌日、瀧彦が仕事で家を出たのを見計らって、隆志と真澄は茜にだけは本当のことを打ち明けていた。

 瀧彦が反対する見込み大で、真澄の恋愛を隠す必要がある。とはいえ真面目な真澄にとって、親に完全に隠れて続けるにはメンタル的にきつい。相手の藍葉も似たようなものだし、話せる相手には話してしまったほうが気は楽だろう。

 隆志にとって、茜ならば真澄の恋愛に反対しないし、協力的になるという確信があった。

「せっかくの初恋のお相手だもの、少しは気合い入れないと」

「だからって喜びすぎ」

 照れて、恥ずかしがる真澄の肩を、茜ががっちりと掴んだ。

「で、相手はどんな子? かっこいいの? 部活やってるの? 勉強は?」

 キラキラ目を光らせて、真澄に相手のことを尋ねている。

「あ、その、勉強もスポーツもしっかりやるタイプ、かな。高校の志望校も私と同じだし」

「ならなおさら仲良くできそうじゃない。スポーツもよくできるっていうことは、部活も」

「け、剣道を。主将もやっていた」

「きゃー、かっこよさそう。クール! 抱かれたい……!」

 茜、顔を赤くして、両頬を押さえている。これから嫁入りする人みたいだ。

「母さん、浮かれすぎ」

 隆志が横槍を入れる。

 ――あなたには瀧彦という大事な夫がいるでしょうが。娘の彼氏に色めき立つな!

「実際、かっこいい、かな。強いし」

 真澄も、頬を染めている。藍葉が宮島でヤクザな男三人から守ってくれた時のことを思い出しているのだろう。

「決めた! 今からデート服買いに行くー。真澄、気合い入れて選ぶわよ。予算は瀧彦さんの小遣いから引いておくから気にするなー!」

「だからいいって。それにまだ朝。今の時間帯だと、どこの店も開いてないよ!」

 張り切って外に飛び出して行こうとする茜を、真澄が必死で引き止めている。

 なんだかんだで、茜は我が子の恋愛を許容している。むしろ猛烈に後押ししようとしてくる。隆志がえるなと付き合っていることを知った時は、勝負パンツを買いに行くなどと言い出したものだ。

「それくらいにしてくれないか、母さん」

 隆志が、浮ついた茜にストップをかけた。

「ここからが大事なんだ。頼みたいことがある。真澄が彼氏と仲良くしてくために大事なことだ」

「ん? 何? お母さんにできることなら何でも言って」

「このことは、親父には黙っていてほしい」

 茜はきょとんとして、そして、ふふ、と笑った。

「やっぱりそうよね。瀧彦さん、ああ見えてもかまってちゃんだから」

 銀行の課長さんをかまってちゃんって呼ぶあたり、ある意味、恐ろしい。

「親父は、今の時期の恋愛に反対している。もしこのことが知られたら、別れさせようとしてくる。実際に付き合ってるなら別れさせろと俺に言ってきたんだ」

「……あのリア充オヤジめ……」

 真澄が毒づく。真澄、まだフローチェのこと怒っているよ。

「ん、何か言った?」

「何でもないわ、お母さん」

「そう、で、瀧彦さんには何て言っているの?」

「彼氏がいるっていうことは勘違いっぽい、真澄に彼氏らしい男なんていない。そう話しておいた。少なくとも高校受験が終わるまでは隠しておくつもりだ」

「そう、残念ね。あの人もあの人で、親バカだから。いろいろ気を張り詰めているのかしらね」

 だからといって、手段が姑息なのだが。

「頼む。相手の男の子も真面目そうだから、反対されすぎると関係にひびが入りそうなんだよ」

「わかったわ、瀧彦さんには内緒にしておく。高校受験が終わるまでよね、隠し通してみせるわ。だから精一杯付き合いなさい。ただし、条件が一つ。真澄、よく聞いて、これだけは絶対に守って」

「何?」

 真澄が顔を上げる。

「不純異性交遊はダメだぞ。あとその彼氏に乱暴されそうになったら、ちゃんと言うこと。いい?」

「条件って、結局二つじゃないの」

「細かいところは気にするなー。ところで、彼氏の写真ってあるの? お母さんに見せて欲しいなー」

「写真はまだ撮っていないの」

「あらー、残念ね。花火大会があったのに」

「その、彼氏の携帯で撮ってもらったから」

「早く見たいわー、真澄の相手だから、とんでもなくかっこいい子なんだろうなあ」

 実際、藍葉はかっこよかったぜ。

「また堂々と会えるようになったらね」

「うん、やっぱり今日はデート服を」

「買いに行かなくてもいいから」

 真澄は三度目を阻止した。

「派手な服なんて買ったら、それこそお父さんに怪しまれる」

「うーん、仕方がないなあ。なら、今夜はお寿司、作らせて。今日はたくさん握っちゃうぞー」

 茜が寿司屋の職人さんみたく、銀シャリを握る仕草を始めた。

 茜の得意料理は、寿司だ。なぜかしら、一人前の寿司職人が握ったような、美しい形の寿司を握ってくる。

 特に祝いごとがない時でも、茜は気まぐれで寿司を作ることがある。だから瀧彦に怪しまれる心配はないだろうが……

 真澄は、引きつった笑みを浮かべた。

「……楽しみにしているね」


 その夜、三滝家の食卓。

 リビングのテーブルには、特上のお寿司が並べられていた。マグロ、トロ、イカ、イクラ、玉子焼き……種類も豊富だ。

「……茜、何かいいことあったか?」

瀧彦は向かいに座る妻に問いかける。

「うーん、お洗濯に最高ないい天気だったから、かしら」

 茜は嬉しそうににやにやしながら、とぼけていた。

「今日のお母さん、幸せそうだね」

「そうよ、真澄。お母さんは世界一幸せ者よぉ、ふふ」

「なんか母さんの後ろに満開の花が見えるんだが……」

 隆志はつぶやいた。

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