花火は舞う――3

 真澄は尋ねる。

「いや、三滝さん、ちゃんとはしゃいだりするんだなって。学校じゃ物静かだから」

 真澄は、一発の花火も見逃さないように、海上に目を向けたままだった。

「私だって、きれいなものは好きだし、たまにはハメを外したくなる時だってあるよ」

「そういうのに興味ないと思っていた」

「まあ、ちょっと強がっていたってところかな。そうじゃなきゃ、生徒会の副会長なんてやっていられなかったし」

「つらくなかったのか。無茶していたっぽく聞こえるけど」

「別に。会長とか、生徒会のみんながよくしていたから。あのメンバーでよかったと思う。私が言えた義理じゃないかもしれないけど、紙屋くんのほうこそ、この一年、大変だったね。剣道部の主将」

「剣道は好きでやっているから。まあ、県大会ではもうちょっと上を目指したかったんだけど」

「その県大会の紙屋くん、かっこよかったよ。正直、あれで惚れちゃった」

 真澄は、藍葉を見つめた。藍葉もまた、花火そっちのけで真澄を見つめ返す。

 そういえば夏休みが始まってすぐ、真澄が市内の体育館に出かけたことがあった。

 部活の視察だ、とか言っていたけど。

「高校に入ったら、また剣道で上を狙うさ」

「応援するね」

 見つめ合う二人の向こうで、また一発、水中花火が夜空を彩った。

 隆志は座ったまま、二人の会話に聞き入っている。

 まずい。胸やけがさらにひどくなって、花火に集中できない。

 この二人、もうだいぶできあがっているよ。

 そうして、三人はのんびりと花火を眺めてすごした。花火大会が終わると、長時間待った末に混雑するフェリーに乗り込んで、宮島口の港に戻る。帰りは広電電車ではなく、早く市内に戻れるJR線に乗った。

 花火客で混雑しているとその気にならないのか、もう真澄と藍葉は会話らしい会話をすることはなくなった。二人とも、ぼんやりと暗い車窓を眺めている。日中に会ってから、ずっと行動を共にしていたのだ。今さらもう、喋り足りないことはないのだろう。隆志も、もう疲れて、ただスマホを眺めて時間をつぶしていた。

 三人を乗せた電車が広島市内の駅に到着する。三人は、広電電車に乗り換えた。

 広電電車は、JR線と比べると混雑していなくて、座ることができた。長い間歩き続けて、帰りは立ったまま移動してきた真澄は、さすがに疲れたらしい。目がうつらうつらしている。頑張って姿勢をまっすぐ保っているのは、まだ隣の藍葉に対して遠慮があるのだろう。

「いいよ、もたれかかっても」

 藍葉が、真澄の様子を見てささやいている。公共の場だから、声は小さめだ。

「どうも。今日は疲れた」

「帰ったらすぐ寝ろよ。勉強しようとか考えずに」

「昼までにいっぱいしたよ。降りる駅に近づいたらちゃんと起こしてね」

 真澄が目を閉じながら言い返す。心安らかな様子は、さながら子供の頃に戻ってしまったみたいだ。

 そのうち広電電車は、三滝家の最寄りの駅に近づいた。藍葉が真澄を起こす。

「じゃあね、今日は楽しかった。お砂、大事にするから」

 真澄が、お砂の小瓶を入れた巾着を軽くさすってみせる。

「ああ、またよろしく」

「妹のこと、今後も頼む」

 隆志もまた、立ち上がった。

「はい、あの、今日はいろいろありがとうございました」

 藍葉が頭を下げる。

「俺も、楽しかったよ」

 隆志は言う。

 ただ、邪魔してしまっただけのような気がしなくもないが。

 広電電車が電停に到着した。ドアが開いて、隆志と真澄の兄妹は降車する。電車に乗ったままの紙屋に手を振って、そして自宅のほうへと向かった。

「お父さん、もう帰っているでしょうね。隆志がいてくれて都合がいいわ」

 歩きながら、真澄が言ってくる。

「デートに兄が同行なんてシチュエーション、滅多に起きないからな。だましやすい」

「直球で言わないでよ」

 家にいる瀧彦は、兄妹そろって帰宅したのを見て安心するだろう。デートではなかった、一緒に行ったのはやはり学校の友達だったと。二人きりのデートなら、恋人が自宅近くまで相手を送るはずで、その際に隆志が現れるような余地は本来、ないのだから。

「話を合わせようか。俺と真澄は、花火が終わった後、宮島のフェリー乗り場でばったり遭遇した」

「私は気にくわないけど、夜道を一人で歩きたくないから隆志と一緒に帰ることにした」

「生徒会のみんなの浴衣、きれいだったなー」

 隆志はさっそく、演技を始める。だが真澄に服を掴まれた。

「まさかみんなをそういう目で見てたの?」

「ち、違うっての。ふりだよ」

 まあ、自宅に真澄を迎えにきた生徒会の四人は、本当に浴衣がよく似合っていたけれど。

「で、一応だけどその新しいけど地味な服は? どうやって説明つけるつもり?」

 目立つことを避け、真澄に見つけられるのを防ぐために買った、尾行用の服。こいつのせいで、散々な目に遭った。もう着ることはないだろう。

「中学の友達に会う時のために、あえてこれを選んだことにするさ」

 今日はその中学時代の友達に会っていないけど、そういうことで。

「ファッションセンス、意外と低いのね」

「言われるとちょっと傷つくわ」

 そして二人は、我が家の前に着く。帰りが遅くなる隆志と真澄に配慮してか、玄関前の明かりがついていて、庭先をぼんやりと照らしていた。

「いいか、とりあえず、いつもどおりにだぞ」

「一緒に帰宅なんて久しぶりすぎて、慣れないけど」

 二人は互いに見つめ合い、そして家の玄関ドアを開ける。

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