花火は舞う――2

 そんなこんなで、妹のデートに兄が同行するという奇妙な形になってしまったが、それ以外は順調にいった。隆志も焼きそばやプライドポテト、宮島で有名な揚げもみじ饅頭で小腹を満たし、妹とその彼氏の会話を聞き、二人の浴衣姿を眺めながら時間を潰していく。唯一の不安は、さっきのヤクザの男三人と再び出くわすことで、警戒はしていたが、あの金髪銀髪茶髪の迂闊で残念な男三人の姿を見かけることはなかった。

 そうしているうちに、日は傾いてくる。

 真澄と藍葉は、とある土産物屋さんの前で足を止めていた。

「宮島の『お砂』だって」

 真澄が店の軒先に並べられた、小瓶に入れられた白い砂を見つめる。藍葉が、そのうちの一つを手に取った。

「本当はこれ、旅人に持たせて無事と安全を祈るためのものなんだけど、買うよ」

 そんな風習も知っているなんて、粋な男の子だな。

「いいの?」

「せっかく浴衣着てこんなところまで来たんだし、これぐらいはいいだろ」

 藍葉はお砂の入った小瓶を持ってレジに行き、会計を済ませる。すぐに戻ってきた。

「はいこれ」

「ありがとう」

 真澄は小瓶を受け取って、中身を眺める。白くて細かな砂が小瓶の中で揺れ、夕陽を受けて輝く。真澄は、その小瓶を巾着にしまった。

「変かな? どこかに旅に出るわけでもないのに」

 藍葉は照れくさそうに、真澄から目をそらす。

「相手の幸運を祈るっていう点で、変じゃないでしょ。大事にするね。えっと、風習だとお砂をもらった旅人は、旅が無事に終わったら宮島に戻しに来るんだっけ」

 お砂を返す場所は、島内のお寺などにある。

「高校受験、終わった頃でいいんじゃないか?」

「そうだね。無事に合格したら、また宮島に来ようね」

「ああ」

 うう、まさに恋人の会話。横で隆志は、聞いていないふりをしながらしみじみとしていた。妹、幸せそうだ。と、尊い。本当に大事にしてくれよ、紙屋くん。

 というより、息が苦しくなってきた。これが、いわゆる、胸やけ?

 隆志は、ふと携帯を取り出した。時間を確認する。

「そろそろ花火見る場所、確保するか。買い残したものとかないか?」

「ええ」

「はい」

「じゃ、案内任せろ。こっちだ」

 隆志は、厳島神社のほうへと移動を始めた。厳島神社の裏手の道を通って、神社西側の海岸を歩いていく。三人はそのまま、清盛神社という小さなお社の近くまで来た。花火が打ち上がる前だというのに、人の姿はそこまで多くない。しかも腰掛けるための石も置かれていて、花火が始まるまでの時間をゆっくりと過ごせる。

「ここならゆっくり見られそう。よく穴場を知っていたわね」

 石のベンチに腰を下ろして、真澄はつぶやく。

「毎年のようにこの花火大会に来ているからな。人が少ない場所は自然とわかってくるさ」

 ちなみに去年、隆志と一緒だった相手は、江波えるなだ。もし別れていなかったら、今年も二人でここに来ていただろう。

「二人とも、何立ったままでいるの? 一緒に座ろう」

 真澄は、自分の隣の空いている場所を叩いて、座るように促してくる。この石のベンチは、三人が座るには十分な幅だ。

「悪い」

 藍葉は、真澄の隣に腰を下ろした。

「隆志も、座ったら? 私たちに遠慮しすぎなくてもいいんだよ」

「遠慮ってな……まあ、甘えるよ」

 隆志もまた、藍葉の隣に腰を下ろした。

商店街近くの人通りが多いエリアと違って、ここだと砂浜に波が打ち寄せる音がよく聞こえる。そういえば、のんびりと潮騒に耳を傾けるなんて久しぶりだ。時々振り返ってあのヤクザな男三人が近くに来ていないか警戒しつつも、隆志はのんびりとした時間を過ごしていく。

 やがて日は完全に沈んだ。辺りが完全に暗くなる。

 さらに時間がたったところで、沖合の海上から一筋の光が空に駆け上がった。

「始まった!」

 真澄が思わず立ち上がる。

 夜空に金色の巨大な花が開いた。海外に集まっている見物客の歓声が響き、遅れて花火の爆音が周囲に響き渡る。

 金色の花火を皮切りに、次々と花火が打ち上がった。赤色や緑、色とりどりの花火が、宮島の夜空を彩っていく。

「きれい」

 真澄の瞳が花火の光を反射して輝いている。

 思えばこの一年、真澄は生徒会が忙しくてまともに遊べていないようだった。しかもこれからは受験で忙しくなる。息抜きにはいい機会だっただろう。

「あ、あれ!」

 真澄が、藍葉の手を引っ張った。彼を立たせて、海上を指さす。海面に巨大な半球状の花火が花開いた。この花火大会名物の水中花火だ。海面が輝き、金色の花火を背景に、厳島神社の大鳥居のシルエットが浮かび上がる。見物客の歓声がさらに大きくなった。

「すごいよね、あれ」

 真澄は次々と花開く水中花火を指さして、藍葉に尋ねている。

「うん、鳥居がくっきり浮かび上がってきれい」

 藍葉も、真澄に手を握られたまま花火に見入っている。そして、くく、と笑った。

「どうしたの? 紙屋くん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る