花火は舞う――1
隆志は真澄の弟である。藍葉に与えてしまったこの誤解を解くのに、随分と手間を取ってしまった。
「ほんっと、おかしかった。隆志にあんな趣味があったなんて」
真澄は商店街を歩きながら笑っている。袖で口元を隠しているのが様になっていて、隆志はちょっと見とれそうになる。
「隆志って、本当は弟キャラに憧れていたの?」
「だから、違うっての。ふりだっての、ふり!」
隆志は意地になって言い張る。ちなみにかき氷がついた服は、近くの公衆トイレに行って洗っていた。緑色の服はまだ濡れたままだが、いずれ乾くだろう。
「それで、どうしてあいつらに狙われたんだよ」
「ああ、それね」
真澄から笑顔が消えた。これには藍葉が答える。
「軽く食べ物を買おうと思って僕だけ列に並んだんですけど、その隙にあいつらが三滝さん、妹さんにからんできまして。僕が迂闊でした」
しゅんと藍葉は肩を落とす。
「あー、君のせいじゃないから。悪いのはあいつら」
落ち込みそうな藍葉を、隆志は必死でなだめる。この子、自然と年上の人から好かれるタイプだな。
「ただのいたずらっぽいナンパ、どこでじゃなかったわね。手首掴んであの路地まで連れていかれたし、紙屋くんと隆志がいなかったら、私、今頃どうなっていたんだか」
真澄の表情は暗く、下を向いている。
「これ、完全に警察に突き出さないといけないやつじゃね?」
妹に乱暴を働くなんて、最低な野郎どもだ。
真澄は慌てて手を振った。
「いいよそこまでしなくても。せっかくのお祭りの日なんだし、こんなことで時間を取られたくない」
「三滝さん、すまなかった。こんなことに巻き込んで」
「紙屋くん、謝るのはやめて。むしろかっこよかったよ。ありがとう、守ってくれて」
真澄がかすかに頬を染めながら言う。
「そんな、俺は当然のことをしただけで」
藍葉も頬を染めた。
いかにも恋をしているという二人を前にして、隆志は言葉を失った。これじゃ、別れさせるほうが無理な相談だ。引き離そうとすれば、隆志のほうが一方的にやられただろう。
特に藍葉が相手だと、勝てる自信がない。ゲームで勇者に倒されるスライムと同じ末路をたどるだろう。
隆志の視線を感じてか、真澄は冷めた視線をよこしてきた。
「それに悪いのはあいつらだって、私のおとう、兄も話しているでしょう」
真澄よ、今、なぜ言い直した。やけにわざとっぽかったな。
実は真澄のほうこそ、お姉さんキャラに憧れているんじゃないか?
「で、花火が始まるまで俺はどうしたらいいんだよ? このまま一緒にいて、邪魔してしまってもいいのか?」
本来は、妹のデートに兄が出しゃばるべきではない。
真澄と藍葉は、互いに目を合わせた。
「私、本当は二人っきりになりたいのが本音だけど」
「また、さっきみたいな奴らに狙われるかもしれませんから」
安全第一、だよな。人数が多ければ、チンピラどもは狙おうとはしなくなる。
それに真澄、ただでさえ普段から美人なのに、浴衣を着て磨きがかかっている。今も、商店街を行き交う人たちの中には真澄の姿に視線を奪われる者がいる。「あの子、かわいい」っていう男女の声がちらほらと聞こえるのは、ただの空耳ではないだろう。そうだぜ。自慢の妹だぜ。
お前ら、絶対に狙うなよ。
「わかった。邪魔にならないように配慮する」
言った直後、隆志は真澄に肩を掴まれた。軽く揺さぶられる。
「ちなみにこの人、言ったかもしれないけど広島弥山の生徒だからね。受験のことでわからないことがあったら頼ってもいいよ。まあ紙屋くんだったら、そんなことはないと思うけど」
「へー、成績いいのか?」
隆志は、藍葉に問いかける。
「まあ、そこそこです」
「謙遜しないでいいよ。この間の模擬試験なんて、国語が全国トップクラスってことで、図書カードもらっていたでしょ」
うそ、模擬試験って、成績が全国トップクラスだと図書カードなんてもらえるの? 知らなかった。欲しい本たくさんあるから、頑張って勉強して、図書カードもらっちゃおうかな。
ってそこじゃない。
「マジ? できすぎだろ」
「その時は、たまたま問題と相性がよかっただけです」
今ので、藍葉に対する好感度がさらに高まってしまった。こんなの初恋相手には理想的すぎる。
「相性程度で全国トップレベルにいくわけがないだろ。これだったら真澄の受験勉強でも頼りになりそうだな。自分も大変だろうけど、余裕があったら妹を頼む」
互いに切磋琢磨できる関係であれば、恋愛もうまくいく。夏期講習会前にネットの記事で読んだ。まさにそのとおりじゃないか。
「はい、そのつもりです」
藍葉は、自信を持って応える。勉強に関しては不安を抱えていないという印象だ。本当に頼りになる男だな、こいつは。
「受験か。紙屋くんのことを知ったら、お父さんは納得してくれるかしら?」
ちょっとだけ、期待に満ちた目だ。だが隆志は、それに対していい返事をすることができなかった。
「残念だけど、親父は納得してくれない。しばらくは、親父に付き合っていることは話さないほうがよさそうだ」
「どうして?」
「親父は、うまくいくはずがないって本気で信じ込んでいる。受験期の恋はな」
恋という単語を、隆志はうっかりと、まさにそういう関係になりつつある二人にぶつけてしまった。二人は互いを盗み見て、そしてすぐに視線をそらす。
隆志は、二人の様子に胸やけを感じたが、とりあえず続けた。
「だから大丈夫だ。親父のことは、俺が何とかする。真澄と紙屋くんは、気にしなくてもいい」
「ごまかすの?」
「嘘も方便だ。少なくとも、受験が終わってしまったら、恋愛を止められる口実なんてなくなる」
「隆志も、高校に入学したらしっかりとお付き合いを始めていたもんね」
「え、お兄さんも彼女いるんですか?」
――紙屋くん、痛いところを突かないで。
「わけあって別れたけどね。とにかく、高校受験がうまくいけば、文句を言える人間なんていなくなって、堂々とできる。それまではしっかりとサポートするから、頑張れ」
真澄は、ピシッと敬礼を決めた。
「了解、お兄さん」
都合がいい時だけお兄さんかい! まあいいけど。
「なんだかいろいろ戸惑うけど、よろしくお願いします」
「とりあえず今日のことも、俺がうまく親父をごまかしておくから。花火の打ち上げまでまだ時間があるな。もう少しまわって、うまいものでも食べるか。時間が近づいたら、人が少なくて花火がきれいに見える場所まで連れていってやる」
「さすが隆志、リア充だね」
まあ、彼女とは別れてしまったばかりだけど。
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