浴衣の少年は戦う!――4

 「……この、クソガキが!」

 金髪の男がわめいた。

「だったら警察呼ばれないように徹底的に締め上げてやる! お前らもやれ! 逃すな」

 「おう」「うっす」と茶髪と金髪の男も応じる。折れたとわめいていたくせに、紙屋に殴りかかろうと拳を構えた。紙屋も再び身構える。

 隆志は、決心した。年下の紙屋ですら、身を挺して真澄を守っているのだ。ならば、兄の自分がこのまま物陰に隠れて何もしないわけにはいかない。

 ――俺は、やるぜ!

「やっときた、おまわりさーん、こっちです!」

 隆志は声を張り上げた。哀れな感じを出そうと、フローチェで出したのと同じショタボイスだ。

 隆志はケンカ慣れなどしていないし、体力の自信もない。体育だって、唯一評点三を食らっている始末だ。どうせ飛び出していっても、紙屋の足を引っ張るだけ。ならばこれが最善手だ。

「この声、まさか」

 真澄が目を見開く。その間にも隆志のショタボイスが響き渡った。

「急いでくださいー! 家族がヤクザに襲われているんですー! おまわりさーん」

「やべえ」

「サツが来やがった! 早すぎだろ」

 ヤクザな男三人は、急に取り乱す。追い打ちだ!

「ぼこられるー! おねーちゃんがぼこられるー! 優しくてケンカなんて生まれて一回もしていないおねーちゃんなのにーーーー!」

 何か越えてはいけない一線を越えてしまったような気がするが、まあいい。こうしたほうが、おまわりさんが急いで来ている感じが出せる。

 実際はおまわりさんなんて来ていない。しいて来ているとすれば、架空の警察官、エアポリスメンだけどね。

「さっさとずらかるぞ、おい」

 金髪の男の指示に、他の二人も応じた。路地のさらに奥へと姿をくらます。さよなら、ヅラ、じゃなかったヤクザなトリオ。

 真澄と紙屋は、その場に立ったまま、ヤクザな男三人が去っていった方向を見つめていた。紙屋は少しはだけた浴衣を直した。浴衣には土汚れも皺も付いていない。

 隆志は、物陰から姿を現す。足音に気づいて、真澄が隆志を見つめた。

「隆志、どうしてここに?」

 じっと、隆志を見つめる。瞳には困惑が広がっていたが、それはやがて怒りと、警戒心に変わっていった。

「私を尾行していたの?」

「三滝さん、この人は?」

 紙屋が問いかける。真澄は彼に視線をやった。真顔のまま、

「私の弟よ」

 ――は?

「え? でも三滝さん、兄の話は聞いているけど弟なんて」

「大人びているっていう学校での私の評価がうるさくってね。妹のふりをしていただけ。お姉さんキャラなんて呼ばれそうなのも嫌だったから」

「でもあの人、背が高くて高校生くらい……」

「ねえ隆志」

 真澄は紙屋を無視して、隆志に向き直った。

「なあ、何を言っているんだよ、お前は俺の……」

「どうして私をつけてきたの? お父さんの命令? そんなに私と紙屋くんを別れさせたいの?」

 黒い瞳が、じっと隆志を見つめて離さない。隆志は、硬直して何も話せなかった。ぞっとさせるのが、隆志による尾行の目的を見抜いているような話し方だ。

 まさか、フローチェでの隆志と瀧彦の会話を聞いていたのか。それはあり得ない。瀧彦が、真澄と彼氏を別れさせるよう言ってきた時、真澄は店の外にいた。聞かれてなどいないはず。

「なあ三滝さん」

「ごめん紙屋くん、ちょっと弟と二人だけで話をさせて」

 真澄が紙屋を止める。紙屋は戸惑っている様子だが、言われたとおり黙り込んだ。

「どうなの? 隆志」

「ち、ちげーよ。そんな別れさせたいとか、そんなことを思っちゃいない」

 隆志は、やっとその言葉を言えた。

「むしろ逆だ。俺はお前の付き合いを歓迎している。理想の相手だと思っているよ」

 真澄も紙屋も困惑するが、構わず隆志は言う。

「もし真澄の相手がダメ男だったら、とっくに飛び出して即座に別れさせていたさ。最低な彼氏が湧いて、真澄の進路とかに影響が出たら、兄として面目が立たないからな」

「湧いてって、ウジ虫かボウフラみたいに……」

 脇で見守る紙屋が、困惑気味につぶやく。このやり取り、どこかで覚えがある気がするが、まあいい。

「だが、実際は理想以上だ。こんな相手、今を逃したら絶対に見つからないぞ!」

 同じ受験生で、しかも同じ志望校を目指して互いに切磋琢磨できるという関係。これだけでも隆志の懸念の一つは解消された。紙屋からは真澄を拘束しようとする気配は感じられない。

 何よりも、さっきのヤクザな男三人を撃退し、真澄を守りきったこと。

 この紙屋という少年は、妹を任せるのに最適な相手だ。

「別れさせるつもりでついてきたんじゃないの?」

 真澄は、なおも疑っている。

「お父さんとそういう話をしたんでしょう」

 いったい、どういうことだ?

 真澄は、本当に隆志と瀧彦のフローチェでの会話の内容を知っている。

「どうして知っているんだよ? あの時フローチェにお前はいなかったはずだろう」

 真澄は、ため息をついた。隆志の隣にきて、巾着から携帯を取り出す。

「私はいなかったけど、隆志とお父さんの会話はばっちりばれているわよ」

 真澄は言いながら、携帯を操作している。ツイッターを起動させて、検索画面にこんなワードを入力した。

『リア充オヤジ』

 なんだこの単語?

 すると、ヒットしたツイートに、俺はびっくりすることになった。

『フローチェにリア充オヤジ出現www。兄さんに妹と彼氏を別れさせるよう詰め寄ってやんのぉー。しかも直後に妹登場! 美人じゃー!』

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