浴衣の少年は戦う!――3

 隆志は、とっさに走った。紙屋は路地に入り込んでいく。

「どうしたんですか?」

 紙屋が路地に入ってすぐに、彼の声が響いた。声に不穏なものがある。

「なんだよ、こいつ男連れていたのかよー」

 かったるそうな若い男の声が響く。

「女の子一人だったらちょろいと思っていたのによ」

 これは別の男だ。まさかこの路地の中に真澄がいるのだろうか。

 何が起こっている?

「まあいいんじゃね」

 もう一人、別の男の声が聞こえてくる。その場にいるのは、三人といったところか。

 しかも、揃いに揃って全員が酔っているような声。これはまずいことになった。隆志は路地の中に入り、声がするほうへと急ぐ。突き当たりの角を曲がったちょっとした広場に、真澄はいた。茶色だの金髪だの銀髪だのに髪を染めた、三人のちゃらけた男に囲まれている。

 その三人を見て、隆志は笑いそうになった。髪の色は派手だが、太い眉が揃いも揃って黒色のままだ。染めたというよりは、金色や銀色や茶色のヅラを被っているだけっぽく見える。ぷぷっ……。

 そして全員の顔が赤くて、やはり酔っていた。

 そこに紙屋が対峙している。

「なあボク、兄さんたち、金なくなっちまったんだ」

 金髪の男が紙屋に近づきながら、粘着質な声をかける。身長の低い紙屋を舐めてかかっていた。その目が狡猾に光っている。

「ちょっと貸してくんねえか、な!」

 金髪の男が、突然間合いを詰めた。紙屋の喉に腕をまわそうとする。

 隆志は警告しようとしたが、紙屋の動きに声が出せなかった。

 紙屋が、軽やかに身を屈めて金髪の男のヘッドロックをかわしたのだ。金髪の男は酔いもあり、勢い余って膝をつく。その顔に怒りが広まっていった。

「て、てめえ! 何するんだよ!」

 立ち上がり、拳を握って紙屋に殴りかかる。だが紙屋は、これもかわして、金髪の男の背後にまわりこんだ。

「ちょっと、何しているのよ!」

 真澄が声を上げる。

「うるせえ! その女を黙らせろ」

 金髪の男の声に応じて、茶髪と銀髪の男が真澄に詰め寄る。残忍な手四本が迫ってきて、真澄は二人を睨みつけながらも、体を震わせた。

 その間に、紙屋が割って入った。

「何をするつもりなんですか」

「だから何なんだよお前は!」

 茶髪の男が紙屋の腕を掴む。

 紙屋はその手を掴み、捻り返した。関節を極められて、「いてて」と茶髪の男は身をかがめる。紙屋が手を放すと、そそくさと逃げて距離を取った。

「お前よくも」

 銀髪の男が拳を振り上げる。だが、振り下ろす前に、紙屋の手に阻まれた。

 紙屋は、銀髪の男の拳を持ったまま振り下ろす。銀髪の男はその動きに引っ張られて、紙屋に背を向け、地面に膝をついた。抵抗しようとするが、紙屋の屈強な腕に制されて身動きがとれずにいる。

 隆志は、物陰から見守るだけだった。出ていっても邪魔になるだけだ。

 しかもあの紙屋という男の子、小柄な見た目に反してやっぱり、

 すごい!

 浴衣姿もあって、侍のような精悍さだ。

「うわ、いってええええ!」

 大声を響かせたのは、さっき紙屋に関節を極められた、茶髪の男だった。自分の腕を押さえている。

「すっげーーいてえ、やばいよ! これ、絶対骨折れてるよ」

 物陰に隠れたまま、隆志は冷めた目で茶髪の男を見つめる。いまどきダサイ脅し文句だな。しかも、やられてからだいぶ時間がたっていたぞ。

「おいボク、ダチにこんなことしてどう落とし前つけてくれるんだ!」

 金髪の男が、狡猾な光を目に宿したまま、にやにやしながら紙屋に言い放つ。

 紙屋は、銀髪の男の手を放す。銀髪の男もまた、紙屋から逃げて距離を取った。キョロキョロと仲間二人の様子をうかがい、やがて二人の空気を読んで、

「やっべー。俺も腕やられたわー。骨折れてるよ絶対。治療費いくらかかるんだろうなー」

 だからタイミング遅いって!

「なあ、こうなった落とし前はちゃんとつけてくれるんだろうな、ああ? 金払えや」

 金髪の男が残忍に言い放つ。中学生があんたらの満足するような大金持っているわけないでしょうが。

 ツッコミどころ満載な三人を見ていられなくなって、隆志はそろそろ出ようかと思ったが、

「わかりました。話をつけましょう」

 紙屋のその言葉で、隆志は再び動きを止めた。ヤクザな三人も、表情が固まっている。

「僕の保護者にこのことを話して、必要なお金を工面します。ただし、きちんと証拠を踏まえた上で話を進めていきたいですから、しばらくお付き合いいただくことになりますね。警察も絡んでくると思ってください」

「証拠おぉ?」

 金髪の男が下品な声を出す。紙屋は、突然に背後を指差した。そこには一本の電柱が立っていて、そこには『町のあんぜんみまもりくん。防犯カメラ作動中』と書かれた小さな看板が掲げられていた。

 さらにその上には、防犯カメラがあって、紙屋とヤクザな男三人をしっかりと『みまもり』続けていた。

「あのカメラには、たぶんあなたたちが一方的に殴りかかっているところしか映っていませんけど。あと、骨折れたとか言っていますよね。今すぐ病院で診断してもらいましょうか。その診断書も警察に提出してもらいますよ。僕が見た限りだと、腕なんて赤くなってもいませんけど。赤いのは顔だけですね」

 警察が出てきたとすれば、やばい状況なのは男三人のほうだ。防犯カメラの映像を解析されただけで、お縄を頂戴することになる。

 なんか、迂闊で残念な人たちだな。ヅラ被っているっぽい見た目もそうだけど、なんでわざわざ真澄を防犯カメラの目の前に連れてきたんだよ?

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