妹の花火デートを俺は尾行する――浴衣が正直うらやましい――4

 宮島行きフェリーターミナル、その乗船口の前で、その男の子は真澄を待っていた。真澄は、彼の姿に驚く。翡翠色の浴衣をばっちりと着こなしていた。財布などを入れている翡翠色の巾着も、統一感があっていい。見た目からして涼しそうだし、どこか、優しそうな雰囲気が漂っている。普段は甘い馴れ合いなど許さない、凛としていて厳しそうな顔をしているのに。

 相手の男の子――紙屋藍葉は真澄に気づいた。そっと手を振って、真澄を迎える。


「三滝さんの浴衣、似合っているな。見違えたよ」

 翡翠色の浴衣の少年が、そう真澄に声をかけている。

 ――あれが、例の真澄のお相手か。

 隆志はフェリーターミナルの柱の陰に隠れ、二人の様子を盗み見ている。

「紙屋くんも、涼しそうでよく似合っているよ。剣道着姿でいることが多いから、浴衣を着ても代わり映えしないと思っていたのに。ちょっとびっくり」

「ありがとう」

 そして二人で微笑み合う。

 これでよし、と隆志は思っていた。こんな人通りの多い場所でなければ、ガッツポーズを決めていたところだ。

 だって、あの紙屋くんとか呼ばれた男の子……

 めっちゃイケメンじゃねーか!

 翡翠色の浴衣をきっちり着こなしているからかもしれないが、凛として、堂々としている。そこらの男子にありがちな、ひょうひょうとした感じがない。触れるとさらさらしていそうな黒髪が爽やかだ。浴衣の袖口から見える腕は筋肉がしっかりとしていて、体育会系のストイックな雰囲気がある。

 ――浴衣、ほんと似合ってるなぁ。俺もこんな地味な服じゃなくて、あんなふうに浴衣着こなしたかったなぁ。

 真澄の彼氏で唯一玉に瑕なのは、せいぜい背が低いこと。俺の目元くらいしかない真澄と同じくらいの身長だ。かっこいいというより、かっこかわいい。見た目だと真澄の年下、中学二年生といったところか。あるいはまだ一年生かも。

 だが、頼りになりそうな男だ。

 ……いかん。

 相手を外形だけで判断してはいけない。尾行はこれからだ。しっかりと、あの紙屋という男の子のことを観察せねば。

「じゃあ、フェリー乗ろうね。早くしないと混むし」

 真澄が歩き出す。

「イコカのチャージ、足りているか?」

 紙屋も、真澄の後についていく。

「帰りの船や電車の分もばっちりよ」

 二人はそのまま、フェリー乗り場の列に並んだ。何人かその後に人が並ぶのを待って、隆志もフェリー乗り場の列に並ぶ。

 桟橋に、厳島神社の大鳥居と同じ朱色のフェリーが到着した。宮島からの少ない客が降りると、次々と宮島に向かう客が乗り込んでいく。隆志は真澄と紙屋を見失わないよう注意しながら、船に乗り込んだ。

 二人はフェリー三階の展望デッキに上がっていく。二階の客室は冷房が効いて涼しいのだが、潮風を浴びながら船旅という魂胆らしい。

 隆志もまた、展望デッキについていこうかと思ったが、やめておいた。いくら人が多くて紛れやすいとはいえ、尾行がばれるリスクが高まる。どんな会話をするのか聞いておきたいが、ここは安全策だ。隆志は、二階の客室に入ると、適当な座席に腰かけた。やがてフェリーは出航し、宮島目指して十分ちょいの短い船旅が始まる。

 三階に初々しい中学生カップルを、二階にそれを尾行する兄を乗せながら。

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