妹の花火デートを俺は尾行する――浴衣が正直うらやましい――3

 広電電車は宮島線に入り、モーターをうならせて一気に速度を上げる。街中の路面電車区間よりも速い速度で、真澄たちを目的地へぐんぐん運んでいく。

「……みんな、ごめんね」

「どうして謝るの? 副会長」

 相変わらず香夏子は副会長呼ばわりをやめないけれど、真澄はまあいいかと受け流した。

「私のために、こんなことに付き合わせて」

 わざわざ家に迎えにきてくれて、隆志に花火大会に一緒に行くのは生徒会の友達だと偽装してくれた。本来ならここまでする必要はないのに。

「私は浴衣で花火を眺めたいからだよ」

 そのかが楽しそうに両手を上げる。

「隣の小網先輩と同じ、です。私も浴衣着てみたかったですし」

 ちづるは自分の三つ編みをそっと撫でる。

「ちづるちゃん、私も小網先輩と同じだよ。気が合うねー。あとそのレモン色の浴衣、似合ってるよー」

 あけみがさっとちづるの浴衣の袖に触れる。

「きゃっ、あけみちゃんもその桃色に金魚模様の浴衣、似合ってる」

 二人が互いの浴衣に触れあう中、そのかは、横からちづるの三つ編みに触れた。

「ついでついでに、ちづるちゃんの今日の三つ編み、決まってるよー」

 そのか、ちづる、あけみが素知らぬ顔で勝手に盛り上がっていて、目の前で見せられる真澄はきょとんとするばかりだったが、

「私たちに遠慮するなよ、真澄」

 香夏子が自信にあふれた笑みを浮かべている。

「ここまでするのは、今まで私をよく支えてくれた感謝、っていう意味もあるんだから」

「私は自分の仕事をしていただけ」

「マジメなこと言わない。ほんと、副会長がいなかったらこの一年、会長としてやっていけなかったんだから。これくらいのことはさせて。どっちみち副会長を見送った後は、みんなで花火大会を楽しめるんだし。今日は特別な夜なんだから、しっかりとあの子をひとりじめしてきなさい」

 ひとりじめ、という言葉に、真澄の緊張が高まる。冷房が効いているはずなのに、また頬が熱くなってきた。「恋してるなーあの子」という声が車内のどこかから聞こえてきて、なおさら動揺してしまった。何なのよ、無関係な人がさっきから、もう!

 これでは、普段どおりにあいつに会えない。生徒会の役員会に臨む時のように、堂々と、しれっとした顔で会うつもりでいるのに。

「緊張している副会長、かわいいー」

 そのかがにっと笑いながら、真澄と香夏子の会話に割って入った。

「ねえ、そのかちゃん、ちょっとは反省してほしいわ」

 真澄はそのかを睨みつける。えっ、なんっすか、と言いたげに、そのかが首を傾げた。

「誰のせいで、こうやってこそこそ行く羽目になったと思っているのよ」

 無駄にSNSとかに詳しい小娘め。

「私のせいにしない。第一、あれは事故だったんだし、むしろ私が気づいたおかげで、相手の手の内がわかったんだから、感謝してほしいな」

 あの日、ばったりと瀧彦と隆志と出くわしてしまったフローチェで、周囲の客たちがせわしなくスマホに何か打ち込んでいた。

 そのせいで、こうして父と兄を警戒しながら花火大会、ないし初めてのデートに向かう羽目になっている。

 本当は知りたくない事実だった。

「あの後、ひたすらツイッターとかインスタグラムを検索して、私も大変だったんだから。そのかちゃん、SNSに詳しいくせに、チックトックだけは知らないとか言い出すし。そのくせ、あそこのフローチェの客に動画撮られてネットにアップされているかもよとか言い出すし」

「わ、私にも苦手分野はあるのよ。可能性の話をしただけ、可能性!」

 真澄は、そのかを睨み続ける。本当はおもしろ半分におちょっくってきただけのくせに。

「それにしても小網先輩、すごいですね。あれに気づいてしまうなんて」

 ちづるの誉め言葉に、そのかは小さな胸を自慢げにそらす。

「フローチェのまわりのお客さんの様子がおかしかったから、ひょっとしてって感じで検索しただけだよ。でもあれはおもしろかったなー。帰った後、一晩中部屋の中で笑い転げていたよ。人間の嫉妬ってすさまじいよね」

「でも、すごいです」

「小網なんて苗字だけど、情報収集の網は大きめだよ、私は」

「生徒会でも、その情報収集能力は役に立ったよね」

 香夏子も、そのかを褒めたたえる。

「部活の不適切支出を見抜くなんて、大したものだったわ」

「会長、それほどでもないよー」

 会話を聞きながら、真澄は、ふと車両の後ろのほうに目を向けた。同じく花火大会に向かう人たちで、広電電車は混雑している。

「隆志、ついてきてはいないよね」

 真澄の声に、他の生徒会のメンバーも、後ろのほうに目を向けた。瀧彦は、今日も仕事で職場から離れられない状態だ。今この場で警戒すべきなのは隆志だけ。その隆志がついてきているのではないか。

「どうなんだろう。電停でこの電車を待っていた時も、けっこう人が多かったし」

 香夏子が首を伸ばして、車両の後方を見やる。他のメンバーも隆志の姿がこの電車にないか探し始めた。

 彼女たちが気づかぬうちに、車両の中央付近に立っている緑色の服の少年が、こっそりと彼女たちに背を向けた。

「ま、大丈夫でしょ。深く考えすぎたら、楽しめるものも楽しめないよ」

 そのかが陽気に言ってのけた。「そうですよ」とちづるもうなずいて、三つ編みを揺らす。

「会場はかなり混雑しますから」

「尾行されているとしても、すぐ振り払えるはずだわ。尾行されていたら、そのデートの相手にぼこ殴りにしてもらってくださいよ、先輩」

 あけみもいたずらな笑みを浮かべる。

「そうよね、ちづるちゃん、あけみりゃん。ごめん、また心配しすぎたわ」

 真澄は、隆志の姿を探すのをやめた。初めてのことが多くて、どきどきして緊張しすぎているのだ。

 そうしているうちに、広電電車は宮島口の駅に到着した。生徒会のメンバー五人は、電車を降りて改札を抜ける。

 緑色の服の男子も、続けて電車を降りた。

「じゃあ私たちは私たちなりに適当に楽しむね。宮島行きのフェリーに乗るタイミングもずらすから、ばったり船内で会うこともないよ。じゃあ」

 香夏子が告げて、真澄を除いた生徒会メンバーを引き連れて別れていく。そのままお菓子屋さんのほうへ向かっていった。改札前で一人取り残された真澄は、少し物寂しい思いをしたが、意を決して約束した待ち合わせ場所へと向かった。

 そういえば、プライベートであいつと会うのは、初めてのことだ。ゆえに真澄は、制服姿か体育着姿、そして剣道着姿の彼しか知らない。

 ――今日はどんな服を着て、私を迎えてくれるのかしら。

 真澄は想像を膨らませながら、交差点を渡った。

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