妹の花火デートを俺は尾行する――浴衣が正直うらやましい――2
扉の向こう、庭先の門に、四人の女子中学生が真澄を待ち構えていた。全員が、色とりどりの浴衣を着ている。
「副会長、すごい、いつも以上にきれいじゃん」
元生徒会会長の香夏子が、驚きで頬に自分の手を当てた。えんじ色の袖がひらひらと揺れる。
「やめてよ、もう副会長じゃないんだから、普通に真澄って呼んでって言っているでしょー」
真澄は楽しそうな声を出す。さっきと大違いだ。
「三滝先輩、浴衣似合ってますよ」
「ちづるちゃん、ありがとう」
「かわいいー、こんなまーちゃんを本日独占できるなんて、私なんて幸せなんだろ」
「もう、そのかちゃんったら、独占だなんて」
「着付けが上手い人がお母さんで羨ましいな」
「あけみちゃんも、若葉色の浴衣似合ってるよ。今日はお花の髪留めなんだ。きれい」
「ほんとですか? 褒めてくれてありがとう、先輩! この髪留めは特別な日にだけ付けることにしているから、嬉しい」
生徒会のメンバーたちが次々に真澄を称え、娘がそれに応えている。ほほえましい。天国が我が家のすぐ目の前で繰り広げられていた。
「娘をよろしくお願いね」
真澄をきれいに着付けた茜が、玄関先に出て生徒会のメンバーたちに娘を託す。
「「「「はーい」」」」
きれいに揃った返事が、我が家の前で響いた。
「さてと、全員が揃ったし、そろそろ会場にしゅっぱーつ」
香夏子が告げた。浴衣の女子中学生五人が、家の前から離れていく。
「さてと、隆志も、花火大会に行くんだよね」
茜が隆志に問いかけてくる。
「ああ、中学の頃の友達が誘っている」
ごめん、母さん、この話は嘘だ。
真澄が生徒会のメンバーと仲がいいのはしっかり承知している。全員がそろって家の前に迎えにきて、一緒に遊びに行くふりをしているけれど、お忍びデートを生徒会メンバーとグルになって隠蔽しているのは見え見えだ。
「そろそろ待ち合わせの時間だから、俺、支度をしたらさっさと出るよ」
「浴衣は?」
「やめとく。みんな普通の服で行くって言っているし、俺だけ浴衣だったら浮くだろ」
隆志は言いながら、自分の部屋へと向かった。
部屋の中で、通学用鞄の中からタグを外したばかりの新しい服を取り出す。夏期講習会の帰りに、通学路の途中の服屋で買った安物の緑色のシャツ。この日の尾行用に仕入れたものだ。地味な色で目立たないばかりか、この色の私服は今までなかったのだ。万が一真澄に尾行中に見つかったとしても、隆志に顔が似ている別人だと思ってもらえる確率が高まる。
本当は隆志だって、浴衣でばっちり決めて花火大会にしゃれこみたいのだけれど……
すまないな、真澄。今日は後をつけて、彼氏とやらの面を確かめる。
もし真澄の彼氏にふさわしくない男なら、飛び出して引き離す。
――今日の俺は、あえて悪役でいかせてもらおう。
さっそく今着ている服を脱ぎ、緑色の新しいシャツに着替えた。財布などが入った鞄を肩から提げると。自分の部屋を飛び出す。
「じゃあ行ってきます」
そそくさとリビングの前を横切る。
「あれ、隆志、あんな服着ていたかしら……まあいいか」
リビングでくつろぐ茜が独り言をつぶやいたときには、隆志は外に飛び出していた。真澄たちが歩いていったほうへと急ぐ。
早くしないと、真澄たちが広電電車に乗ってしまう。
真澄は、広島電鉄のグリーンの低床車に揺られていた。花火大会の会場に行く人たちで、広電電車は混雑している。ちらちらと真澄の浴衣に視線をやっている人もいた。
「ほんと、副会長の浴衣似合っているねー。すごすぎて私、語彙なくなっちゃった。これ以上の誉め言葉が見つからないよー」
「香夏子ちゃん、だからもう副会長じゃないって。でもありがとう」
真澄は笑ってみせる。
広電電車に乗っている人たちの視線が、一斉に真澄の笑顔に集められた。車内がほんわかとした雰囲気に包まれる。
「でも意外だね」
香夏子が髪をいじりながら言う。
「そうかな?」
「そうよ。副会長が剣道部元部長のあの子と付き合うだなんて。一時はお互いギスギスだったのに。会長を退いた今だから言えるけど、真澄ちゃんとあいつ、見ていてひやひやしていたんだから。いくら部費の予算配布のことで、あいつに酷なことを突き付けたにしても」
「付き合っているってほどじゃないよ。一緒に花火見るだけ。男子と一緒に食事や買い物に行くなんて珍しくないし、それの延長みたいなものだから」
「またまたー、はぐらかしちゃって。好きなんでしょ。素直になりましょうよ。マジメすぎは心と体に毒ですぞ」
生徒会元会計係小網そのかがいたずらな笑みを浮かべる。
「まあ、そのとおりだよね」
「紙屋藍葉先輩、だっけ。三滝先輩はどこに惹かれたんですか」
二年生の後輩であり、生徒会現役の書記係高須ちづるに、これから会う人の名前を出されて、真澄は頬が熱くなる。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりで聞いたんじゃないです」
「いいのよ、ちづるちゃん。ちょっと緊張しているから。そうね、あえて惹かれたっていう点は……どうなんだろ。強くてかっこいいからってことになるのかしら」
剣道部の彼の、汗にまみれ、稽古着をぼろぼろにしながら竹刀を振る姿が、いつの頃からか脳裏から離れなくなった。面に隠れて見えないけれど、打突を決めるときの彼はどんな顔をしているのだろう。
「……なんて、ちょっとありふれすぎた理由かな。こんなのでうまくやっていけるんだか」
真澄は笑ってごまかす。
「後ろ向きになるなー、副会長!」
香夏子が突如、真澄の髪をわしゃわしゃと撫でまわした。
「ちょっと、香夏子ちゃん?」
「これからどんどん増えていくよ。好きでいる理由」
香夏子は、ぽんぽんと真澄の肩を叩く。
「そうだね。そうなると、嬉しい……」
こんな会話を友達とするだなんて、思ってもみなかった。生まれて初めてだ。
「さっきははぐらかしちゃったけど、これって、やっぱりデートってことになるのかな」
「先輩、そこまで相手のことを思っていたら、立派なデートですよ。ただの男子の同行なんかじゃありません」
二年生の後輩、生徒会庶務係の寺町あけみがあおってくる。
「私、まだ紙屋くんのこと下の名前で呼んでないんだけど。相手も」
「いずれ呼び合います。お互いに、です」
ちづるはふふ、と微笑み、どや顔で眼鏡をかけ直す。
おとなしく書類整理をしていたこの子が、急に恋愛に巧みな大人に見えて、真澄はびっくりする。
広電電車が西広島の駅に到着した。ドアが開き、客の乗降が始まる。他の電停よりも長い停車時間を経て、広電電車のドアが閉まり、再び走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます