妹の花火デートを俺は尾行する――浴衣が正直うらやましい――1

 なんだかんだで隆志は、一週間の夏期講習会を乗り越えた。

 夏休み後半の重大イベントである花火大会が迫るなか、講習会終了間際の同級生たちは心ときめかせ、浮ついていた。だが隆志の緊張は高まる一方だった。もちろん、花火大会の場所や、真澄が彼氏を伴って行きそうな花火観覧スポットなど、必要な情報は学校で講習会の合間にチェックを済ませている。ちなみに、花火大会は誰と行くのかとクラスメイトに聞かれもしたが、中学生時代の同級生と一緒に行くと適当にごまかしておいた。

 ちなみに、瀧彦からの新たな情報は特になかった。盗み聞きされるのを恐れてか、部屋で電話をかけることはなくなったという。真澄の携帯のパスコードも変更されて、のぞき見ることもできなかったらしい。(もちろん、隆志は瀧彦にしっかりとお仕置きをしておいた。というか、真澄の携帯のパスコード知っていたのかよ、だからのぞき見ができたのか、どうやって知ったんだ!)

 そして、とうとうこの日を迎えた。花火大会当日だ。尾行を決意した隆志にとって、決戦の日。真澄の彼氏だという男を見極める、重要な日だ。

「じゃあ私、浴衣の着付けをするから。部屋に入ってこないでよ」

 真澄は浴衣と帯を持って、自分の部屋に入っていく。

「のぞきはダメだぞ! 男子諸君」

 母の茜も、娘の着付けのために部屋に入っていく。隆志の目の前で、部屋のドアが閉じられた。そこには丸文字で『着替え中、入室禁止!』と書かれた木の札が提げられていた。

「男子諸君って、男子は俺しかいないっての」

 隆志は、ドアの前でつぶやく。ちなみに瀧彦は、今日も仕事だ。

 昼を大きく過ぎて、もう午後三時だ。今日の真澄は、朝から食事やトイレを除けば、ひたすら受験勉強。ずっと、部屋に引きこもっていた。真澄の姿を見ただけでも新鮮な気がする。

 そういえば、真澄の浴衣姿なんて一年ぶりだ。去年も浴衣で花火大会に行っていたが、その後の真澄は何かと忙しくしていて、きれいに着飾っているところを見たことがなかった。

 今の真澄は、中学二年の頃よりも大人の女性らしさが出てきた。背が伸び、立ち振舞いに気品があふれているし、顔つきもあどけなさはない。中学生というよりは、見た目が幼い大学生のような雰囲気だ。

 もし真澄が浴衣姿になったら……隆志がそんな妄想を繰り広げているうちに、時間ばかりがたっていた。

 そして真澄の着付けが終わる。部屋から出てきて、隆志と目を合わせた時、真澄は目を見開いた。

 隆志自身も、目を見開く。これはヤバイ。

「隆志、着付けが終わるまでずっと待っていたの?」

 辛口で文句をぶつけてくる真澄。だが、隆志は彼女の姿に見とれて、耳に言葉が入っていなかった。

 空色の生地に朝顔の模様があしらわれた浴衣が、真澄を涼しく彩っている。同じく空色で統一された帯は、乱れがなく、左右線対称に美しく結ばれている。真澄の黒く長い髪は、かんざしでまとめられていた。

 化粧がされているわけでもないのに、真澄はぐんと美人になってしまった。

「隆志は、真澄の晴れ姿を待ちわびていたのよ。許してあげなさい」

 娘を美しく着付けた茜は、そっと真澄の肩に手を載せる。

「こいつはまずいだろ……」

 隆志は、つぶやく。これじゃ世の中のどんな男子でも落とされてしまうだろう。

 真澄は、ふてくされた。

「最初にこの姿を見せるのが隆志だなんて、ちょっと興ざめだわ」

「きれいだって褒めているんだよ。どこまで素直じゃないんだよ」

「言っておくけど、こうして浴衣着ているのは、今まで一緒に生徒会で頑張ってきたみんなと楽しく過ごすためなんだから」

 それにしては、気合い入れすぎだろ。実際に着付けたのは隣にいる母親だとしても。

「別に、隆志のために浴衣姿になったんじゃないんだからね」

 真澄は、かすかに頬を染めている。まずい。また美人になった。これでは嫁入り前の花嫁だ。

「ああ。生徒会のみんなによろしく。兄にも褒められたんだって言っていいぞ」

「調子に乗って……。あと、わかっているでしょうね、隆志。今日の花火大会は……」

「生徒会のみんなと楽しくしたいから邪魔するな、だろう」

 隆志は、真澄が今宵の花火大会で共に過ごすのが生徒会のメンバーだと思い込んでいるふりをした。

 本当は、彼氏と浴衣デートであることはわかっているのだが。

「くれぐれも、ばったり出くわしたりしたら許さないんだから」

 真澄が警告したその時だった。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

「真澄、友達が来たみたいよ。よかったわ時間どおりに着付けが終わって。みんなにきれいな姿を見せびらかしてきてちょうだいね。あと、ナンパにだけは絶対気を付けて。絶対声かけられるわ」

 茜のテンションが上がってきた。友達であるとはいえ、娘の晴れ姿を披露するのだ。

「わかってるよ。気をつけるから、そろそろ行かせて。みんなを待たせるわけにはいかないし」

 真澄は、ゆっくりとした足取りで一階に降りていく。隆志も後に続いた。

「隆志、くれぐれもついてきたりはしないよね」

 玄関に差し掛かったところで、真澄は振り返り、隆志を睨みつける。

「い、妹の晴れ姿だから、この際物陰からしっかりと堪能してやろうかな」

「ふざけないで、ストーカー野郎。警察に突き出すわよ」

 ま、真澄、せっかくかわいく着付けられたんだから、もうちょっと優しく話そうよ。これぐらい冗談だってわかるでしょ。

「ごめん、友達を待たせているから」

 真澄は身を翻して、玄関の扉を開けた。

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