元カノとお悩み相談――2

 八月のお盆前だが、隆志は白カッターシャツの制服に身を包み、通学のバスに揺られていた。広島弥山高校恒例、一週間の夏期講習会に出席するためだ。二年の高校生活真っ盛りな夏を勉強に捧げるべく、隆志は学校へと向かう。

 だが、勉強程度でうっつらな気分になるほど暇ではない。

 隆志は吊り輪を持ちながら、スマホをいじっていた。検索画面に『中学三年生 恋愛』と打ち込んで検索をかける。

 とにかく、まずは情報収集が大事だ。ネットの情報が必ずしも真澄にとって有益になるとは限らないし、むしろならないことのほうが多いが、まったく情報がない状態で行動を起こすよりは無難だ。

 検索結果の一覧のうち、適当なブログにアクセスした。ピンク色の丸文字の、長々とした記事名が表示される。

『中学生の初恋、 デートはどこに行く? キスはどのタイミングでOK? 告白は? エッチは? ○○は?』

 ぞっとして、隆志はバックボタンを押した。こんな情報が欲しいんじゃない。○○って何だよ? いや知らないほうがいいな。世の中には知らなくていい情報がたくさんある。

 ていうか中学生でエッ○とか、ただの不純異性交遊じゃないか。

 推奨すな!

 気を取り直して、隆志は別の検索ワードを入力した。今度は、『受験生 恋愛』だ。こっちのほうが変な情報が入ってこない、気がする。

 表示された検索結果から、まともそうなブログを見つけた。

『受験生の恋愛はやり方次第でうまくいく!』

 おっ、ちょうどいい。何かいいことが書かれているかも。隆志は迷わずそのブログにアクセスした。

 そのブログには、受験と恋愛が両立するノウハウが書かれていた。

『恋人がいることで互いに切磋琢磨。一緒に受験を乗り越えよう』『恋人がいれば受験勉強の適度な息抜きに』『進路の相談に恋人の存在はデカい』

 いいぞ。工夫すれば真澄もうまく彼氏とやっていけるかもしれないということか。

 だが、ブログの最後の文言が、隆志の期待にヒビを入れた。

『気をつけて。恋人と付き合っている間、他の受験生はせっせと勉強を進めていることを。だらだら長電話は禁物。あと、恋人のことを思うあまりに勉強に身が入らなくなったら本末転倒です。恋愛と進路、どっちが大事ですか? そこを見誤らないで恋愛を楽しみつつ、受験を乗り越えていってほしいですね』

 やっぱり、受験期の恋愛は大変なのだ。恋愛に走ることで成績が低下するかもしれない。瀧彦が心配するのも、仕方がないのだろう。

 しかも、今は情報が少なすぎる。相手がどのような人間なのか、それすらわからないのだ。

 瀧彦は、真澄の彼氏とやらは同級生だと言っていた。だが、それは電話を盗み聞きした推測に過ぎない。ひょっとしたら真澄の彼氏は年下かもしれないし、実は高校生であって、真澄にタメ口を許しているということもあり得る。

 さっきのブログは、あくまで恋人が互いに受験生であることを前提に書かれたものだ。受験の苦労がない分、相手は真澄に恋愛のことで無理強いをしてくるかもしれない。

 仮に同級生だったとしても、志望校のレベルはどれくらいなのか。それによっても、恋愛がうまくいくかを左右しかねない。

 そもそもどうして、こんな時期に付き合いが始まるのか……。

 隆志は携帯を鞄の中にしまった。やはりネットの情報は参考にはなってもあてにならない。実態に則して事を進めていくしかないだろう。

 一人では、限界がある。

 仕方がない。学校で、あいつに相談するか。女子だから、男子には気づけないこともいろいろ教えてくれるかもしれない。

 ちょうど、バスは広島弥山に近づいていた。周囲の同じ制服をまとった生徒たちも、ポケットから定期を取り出したり、鞄を肩に提げたりと、降りる支度をしている。


 「あーかったりかったー、古典」

「講習、全然聞いてなかったでしょ」

 机に突っ伏している隆志に、隣の席に座る女子、江波えるなが声をかけてくる。彼女のストレートロングヘアーから漂うシャンプーの香りが、なおさら心地いい眠気を誘うのだ。迷惑千万! そのくせ、スタイルがよくてぴっちりとした制服姿が色気に満ちていて、視線のやり場に困る。

「さっきの講習で取り上げた作品名、答えられる?」

 当然、真澄のことで頭いっぱいだった隆志には答えられない。とりあえず適当な作品を答えることにした。

「源氏物語?」

「平家物語よ。普段は不真面目そうにしているくせに。そのくせ、三滝くんは妙に成績がいいんだよね」

「俺が家でどれだけ苦労していると思うんだ? 妹のせいで、だらける暇がない。できすぎる妹と一緒の時間が増えすぎて、夏休み大変なんだぞ。この学校こそが、俺にとって最高の憩いの場なのさ。夏期講習会万歳だわ」

「学校がだらけるための場なんて、なんかかわいそう」

 できる妹がいると、兄も大変なんだぞ。

「ていうか、俺と付き合っていたんだからわかるだろう。真澄のできるっぷりは散々話したんだし」

「そうだったわね」

 隆志とえるなが恋人同士だったのは過去のこと。今は、とっくにそういう関係は解消済みだ。だが同じクラスで席が隣同士ということもあって、こうして普通に話している。えるな自身も、元彼だからといって相手をぞんざいに扱わない主義だと公言している。

 せいぜい、恋人同士から友達同士という関係に戻ったという程度だ。

 普通に話しすぎているせいで、周囲からよりを戻したと思い込まれるけどね。

「それに、いろいろ抱えているんだよ。正直大変だわ」

「悩みごと? 聞いてあげようか」

 えるなのほうから、話題を振ってくれた。よっしゃ。隆志は上体を起こした。

「ちょうどいい。そのことでえるなに相談したかったんだ。こんなところだと話しづらいから、昼休憩に自習室まで来れないか?」

 夏期講習会で夏休みを取り上げられた上に、昼休憩まで自習室に来て勉強する生徒はいない。相談するにはもってこいだ。

「どんなこと?」

「そこで話す」

「しょうがないわね」

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