第28話 呪い
フォールの城門でベレニスとドゥニーズに手を振って別れた。
にこにこ笑うアニエスにつられて、兵士たちもなんとなく手を振る。
馬車が見えなくなると、残ったカサンドルに呪いのキモについて、もう少し詳しい話を聞くことにした。
「一応、呪いについては王宮でも限られた人しか知らないことになっていますが、フォールで文献を調べた私の経験では、こちらではむしろご存じの方も多かったように見受けられました」
国防上の秘密という性質上、極秘扱いで辺境軍に共有されていた時期もあったようだとカサンドルは言った。
「ですから、ここではあまり神経質にならずに、お話させていただこうと思います」
本館の居間にはベルナールとアニエスのほかには誰もいなかったが、ドアの外には兵士が立っていた。先ほど聖女の会合に同席した兵六名と合わせて、秘密の保持に関してはベルナールが全責任を負うことを請け合った。
「呪いはバシュラール王国の誕生とともに存在しました」
カサンドルが話し始める。
王国を統べる権限を王に与えたのは魔女だ。呪いはその魔女がかけたものだった。
玉座を与えられながら呪われたのは、王が魔女を裏切ったからだとカサンドルは言った。
「現在、王室に伝わっているのは、呪われたために王が病弱であるということと、それを助けるためには癒しの聖女を后として迎える必要があるという二点です。しかし、聖女が登場するのは建国後数十年が経ってからです。今のところ、正確な文献は見つかっていませんが、おそらく最初の五十年ほどは、王は聖女を得ないまま、命を繋いでいたと考えられます」
そう考える理由として、聖女の養成機関ができたのが322年前であることがあげられる。
これは記録として残っているので、確かだとカサンドルは言った。
「322年前に、次の王のための聖女を養成し始めたのです。つまり、その少し前に、王の病を癒す聖女が現れたのではないかと考えられます。先ほども申し上げた通り、これは偶然だったのだと、私は考えています。たまたま聖女としての力を持つ王妃が現れ、それによって王が聖女に頼るようになったのではないかと」
つまり、カサンドルは、王は元々、聖女の力に頼っていたわけではないと考えた。
「その偶然が起こる前まで、聖女が行う修行は、王自身に課せられたものだったのではないかと、私は考えました」
「王自身に……?」
ベルナールは思わずといったふうに声を漏らした。
「ええ。おそらく……」
頷いて、カサンドルは続ける。
「泉の神様は女神です。私は、あの女神こそ、呪いをかけた魔女だったのではないかと考えています」
女神は聖女たちに優しかった。
けれど、あの言葉を聞かせる時だけは、全く違った。だから、みんな気のせいだと思うことにした。
なかったことにしてしまったのだ。
「魔女を裏切った王に、呪いから逃れて生き延びたいなら、毎日千段の石段を登って、自分に会いに来るようと魔女は求めたのではないでしょうか。泉の水に癒しの力を宿して、それを汲むことで病や怪我を浄化できるようにして……」
泉の水には本物の癒しの力が宿っている。
だからこそ、真面目に修行した聖女にはその力が蓄えられていった。
聖女というのは、自分の中にある癒しの力を人のために使える才能がある者のことだ。
遠い昔の王妃の中に聖女がいて、たまたま王の代わりに泉に登って、泉の力を授かってきた。そして、王を癒した。
それが何度か続くうちに、王は自分の代わりに聖女に石段を登らせることを思いついた。
それが、カサンドルの仮説だった。
「それが本当なら、その王はクソだな」
「クソです。あの王家の者はクソ揃いです」
呪われて当然なのだとカサンドルは冷たく言い放つ。
「いまだに、せっかく修行したドゥニーズや私やアニエスを退けて、ボンキュッボンを后に迎えてしまうようなクソ揃いなのです」
知的な目の奥にかすな怒りの炎が燃えていた。
「それでも、王が斃れて国が失われれば、多くの民が行き場を失くして彷徨うことになります。そこにいるアニエスも、閣下の姉君のソフィ様も、その苦しさはよく知っているはずです」
カサンドルもきっと同じだったのだ。アニエスを見つめるベルナールに向かって、静かに続ける。
「安心できる居場所があるかないかは、幸福に生きられるかどうかに大きく関係します。だから、クソでもうんこでも、王にはいてもらわねばなりません」
クソとうんこは同じでしたねと生真面目な聖女は自分の発言を補った。
「ともかく、これが私の仮説でしたが、それが正しいかどうかを確かめる方法がありませんでした。でも、今回ベレニス様が私たちを集めてくださったことで、神様のあの言葉が聞き違いではなかったことがわかりました。四人が全員、聞いているのですから、これを王に伝えないわけにはいきません」
ベルナールは聞いた。
「泉の神様は、いったいどんな言葉をあなたやアニエスに伝えたのだ」
アニエスとカサンドルは声を揃えて、神様の言葉を真似た。
「「自分で来いや、ゴルァ」」
非常にドスのきいたいい声だった。
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